第1章 黒の糸
それに気づいたのか、羽宮君が私の前に立って、上着を着せてくれてボタンまではめてくれた。
「貸してやるから着て帰りな。適当に返してくれたらいいよ」
「で、でもっ……」
そんな事までしてもらっては悪いなと思ってまごまごしている私に、羽宮君は苦笑した。
「じゃ、ジュース奢ってー。それでチャラな?」
私はその提案に乗る事にした。
そしてそのまま、何故か送ってもらう流れになった。
教室に荷物を取りに帰ると、まだ残っていた数人が羽宮君にピリつき、ザワついたのが分かった。
髪型を整えた後だったから、余計に私と羽宮君とのセットに戸惑いを隠せない人が多かったんだろう。
学校を出るまで、なかなか視線が痛かったけど、何とか無事に外へ出られた事に、緊張の糸のようなものが解けた気がして、小さく息を吐いた。
「なぁ、さんて、下の名前なんてーの?」
「……だけど……」
「じゃ、って呼んでいー? 俺は一虎でいーよ」
「うん、よろしく、一虎」
私が笑って返事をすると、一虎は人懐っこい笑顔を返した。
でも、多分私が今後彼と関わる事は、ほとんどないだろう。
寮の前に着いて、私は一虎を見る。
「制服ありがとう。学校来てる日に返すね」
「連絡交換しよーぜ」
彼の提案に、私は笑顔で応える。すぐに消す事になるだろうけど。
出来る限り、私は他人と深く関わり合う事を避けてきた。これは今後も変わらない。
浅く広く。差し障りない低度でいい。
今まで経験してきた中で、私が唯一自分を守って来て思った事だ。
どれだけ親切にされても、絶対人には何か裏がある。人は見返りを求める生き物だ。私を含めて、みんなそうだった。
だから私はずっと“人を信用するな”と思って生きて来た。
去って行く一虎の後ろ姿を見ながら、私は変な気持ちが湧き上がって来るような気がして、それを振り切るかのように足早に寮へ入って行った。
翌日、私は洗濯した後の一虎の上着を紙袋に入れて、一虎の連絡先へのボタンを押した。
学校にいない一虎が、わざわざ学校まで来てくれるらしく、私は休み時間に校門前にいた。
「よっ!」
「わざわざごめんね」
「いやいや、こっちこそ悪いな。洗濯までしたの?」