第7章 ガラス玉にキスをするのは僕じゃなくても【赤葦京治】
この気持ちを打ち明けるつもりなんてない。
そう思っていた。
届かないからこそ、こんなにも恋しいのだろう。
決してキスは出来ないから、時折喉から手が出るほどに欲しくなる。
「ごめん……なんか、今年が最後と思ったらシンミリしちゃっただけなの。あ、そうだ、やっぱり手洗ってこようかな」
「寧々さん」
ふいに立ち上がった寧々さんの手を掴み、俺は彼女をひき止めていた。
目の前でスカートが緩くなびいているけれど、下心なんて今はいらない。
俺を見下ろす瞳の奥に、あとほんのわずかでいいから二人だけのこの景色を刻んでほしいと願っているだけ。
「俺じゃ、駄目ですか」
「え…?」
「泣くほどあの人のことが好きですか。そうやって臆病になってしまうくらい木兎さんのことが大切ですか」
「赤、葦?」
「そんなに不安になるのなら、いっそのこと俺にしませんか」
夏は眩しい時間が長くて眩む。
水平線は太陽を手招きするように揺れながら光っているけれど、飲み込まれるまでにはまだしばらくかかるのだろう。
飲み干した自分のラムネの瓶がコンクリートを濡らしていた。水滴で出来た円形模様も時間が経てば乾いてしまう。あたかもはじめからそこにはなにもなかったように。
「や、だなぁ、なに言ってるの? 冗談だよね…?」
後ずさった寧々さんの腕が俺から解放されたがっているとわかった。
このまま強引に彼女を引き寄せてしまったら、なにもかもが全て壊れてしまうことも知っている。
瓶の中からガラス玉を取り出すつもりは毛頭ない。
それは、きっとこの中にあるからこそ美しいのだ。
ただほんの少しだけ、誰よりも近くでこの人を見ていたかった。
あともう少しだけ、その瞳に俺を刻んでほしいだけ。
この夏が、数年後も寧々さんの記憶のかけらに残りますように、と。
「──はい、冗談です」