第7章 ガラス玉にキスをするのは僕じゃなくても【赤葦京治】
けれどそのうち寧々さんの視線は引き寄せられるようにガラス玉へと注がれた。
中身の半分ほど残るラムネ瓶を両手で包み、膝を抱える。微かに震える長い睫毛はそよぐ潮風のせいだろうか。
「……ずっと、怖いの」
近くを通りすぎてゆく子供たちの笑い声に重なって、ぽつり。寧々さんは呟いた。
堤防を下った先に見える海沿いの街。あの街は、いつも揺るがずに俺達を背後から見つめている。
「私のこと、どう思ってるのかなって気になる気持ちの反対側で、このままでもいいんじゃないかって時々思う」
「またそんな」
「光太郎は私のことそういう風には見てないよ。上手くいく自信なんてないし、ダメだったら私絶対普通に振る舞えない」
そんな風に、自然のままに。俺も優しくなれたらどんなにかいいだろう。
少なくとも今こうして寧々さんの隣に座っている自分自身には当てはまらない。俺は物わかりのいい優しい人間ってやつを演じているだけ。
去年の夏、はじめて彼女と二人きりでこの場所へ来て、ラムネを飲んだ。これが温かな缶コーヒーとコーンポタージュに変わっても、某コーヒーショップの苺のフラペチーノが美味しい季節になっても、俺は時折こうして寧々さんと海に来ては彼女の想いを見守っているふりをした。
「今まで通り友達でいることできるかな…って。マネージャーとして、チームメイトとして、光太郎のこと真っ直ぐに見てられるかなって」
本当は、寧々さんには打ち明けていない秘密を抱えている。
「寧々さん」
寧々さんの瞳からこぼれた涙は飲み口から炭酸飲料のなかへ落ち、音もなく混じってゆらゆらと溶けていった。肺に入り込む潮風が胸の傷口を刺激して、ひととき呼吸を奪われる。
「赤葦?」
「泣いたところ、初めて見ました」
涙の跡が残る頬に腕を伸ばして、赤くなった瞳の端を親指で拭った。
俺は優しい人間なんかじゃないけれど、寧々さんの泣いている姿を目にするのはつらい。
ただ、少しでも、寧々さんの瞳に長く映っていたいだけだった。
寧々さんが他の誰を想っていても。その人との関係を鼓舞するだけの時間であっても。
あなたの隣を失いたくなかったから。