第7章 ガラス玉にキスをするのは僕じゃなくても【赤葦京治】
寧々さんが飲み口の先で唇を尖らせる。
俺はガラス玉の周りを発砲し続ける清涼水を口に含んで海原のずっと向こう側を見やった。遥か先に見える水平線がとても眩しい。
これが意地悪になるのなら、俺はあなたからそうとうえげつない意地悪をされていることになるな。
そんな想いは口には出せず、水面を奏でる陽光を見つめながら口の中でラムネを繰り返し弾かせる。
「木兎さんのこと好きになってどれくらいでしたっけ」
「んーと、一年の夏からだから、二年か。うわあぁぁ」
「なんすか、うわあって」
「いや、なんか改めて口にすると、そうか、もう二年もあいつのこと好きなのかってちょっとびっくり」
器用に波を乗りこなす黒色のウエットスーツと色鮮やかなボードを眺めても、赤い頬をラムネの瓶に押し当てる寧々さんの仕草へと意識が強く働いてしまう。
そういう自分はどうだったろう。
ふと寧々さんにした質問を胸中で問い直し、俺は俺自身の記憶を遡ってみた。
梟谷男子バレー部のマネージャーをしている寧々さんとはじめて会ったのは、高校一年の春。
なにを頼んでも嫌な顔ひとつしない人だなというのが、寧々さんに対しての入部当初の印象だった。
遠慮しがちな後輩に気遣いを見せる寧々さんには、入部した時から憧れている奴も多かったように思う。
恋心を自覚したのはの夏の始まり。
寧々さんの見つめる視線の先に映る人の姿に気が付いた時。
ああ、あの人か。あの人なら仕方ない。
そう納得した心の底で、カランと寂しげな音がした。まるで、飲み終えた直後に瓶の窪みを弾いたガラス玉のそれのような。
「やっぱり、ちゃんと伝えたい」
「それがいいと思います」
「めんどくさそうな反応だなぁ」
「通常通りですよ」
「早く解放してくれって思ってる?」
「? 何がですか」
「赤葦にはずーっと相談に乗ってもらってるもんね。いい加減疲れるでしょ、こんなの」
「今さらそんなこと言いますか」
「誰にも言ってなかったのに、赤葦が気付いちゃうからいけないんだ」
「え、俺のせい」
本気なのか冗談なのか。
もどかしい恋心を棚に上げ、問題をすり替えようとする寧々さんのジトリとした瞳が俺を見上げる。