第7章 ガラス玉にキスをするのは僕じゃなくても【赤葦京治】
「いい加減気持ち伝えたらどうですか」
「それが簡単にできたら苦労はしない」
乾杯の代わりに二人で奏でた硝子瓶の音は、ほんの瞬きの分だけ手の甲に涼風を呼んだ気がした。
真夏の陽射しを浴び続けた堤防のコンクリートは想像していたよりもずっと熱く、折り畳んだタオルの上に腰を下ろしても皮膚の温度をすぐに上回ってしまうほどだった。
目の前には、大海原と白い砂浜が広がっている。
「わわっ」
「ああもう、しばらく押さえたままでって教えたじゃないですか」
盛大に吹きこぼれた炭酸飲料を手に寧々さんが慌てふためく。
こんなこともあろうかとリュックからハンドタオルを取り出しておいて良かったと思う。
ガラス玉を落とし損ねた自分の瓶は今か今かと待ちわびるように汗をかきはじめているのだけれど、まず俺が優先すべきはこの人の手から水滴を綺麗に拭き取ってやることだ。
柔らかなハンドタオルを寧々さんの手に被せ、少し歩いた先にある海の家付近に手洗い場があったことを教えると、寧々さんは首を横に振りながら眉尻を垂らしありがとうと言って微笑(わら)った。
この場所に来ると寧々さんの笑顔が普段よりも特別に思える。
潮風と太陽の熱は恋情の趣を変えてしまうのかもしれない。
「今年が最後の夏ですよ」
「わかってるけど……ほら、春高に向けてそれどころじゃ」
「去年もそんなこと言って結局何もしなかったじゃないですか」
「うう、だって」
お決まりの"だって"をやれやれといった気分でラムネと一緒くたに流し込む。
夏休みの時期とあってか海にはサーファー達が点々としているものの、時は夕刻に差しかかろうとしているため人は疎らだった。
「寧々さん、大学は木兎さんとは別ですよね?」
「うん」
「ぐずぐずしてたらあっという間に卒業ですよ」
「…うん」
「あの人けっこうモテるから、大学に行ったらますます女の人寄ってくるんじゃないですか」
「……赤葦の、いじわる」