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ゆりかごに甘噛み (R18)

第6章 *・゚・レインシューズはいらない*・゚*【岩泉一】



 カッ···と、顔に熱が集まる。
 お互い譲り合っているうちに、私は傘の柄の上の部分を握りしめていて、気づけば一の熱い掌が重ねられていた。



「俺はまだ······寧々が好きだ」






 足もとを叩く雨糸は、────檻のよう。


















 ある日突然芽を出したその感情は、片想いしていた頃にはないものだった。

 一が別のクラスの女の子と一緒に教室から出ていく後ろ姿を見た。きっと、告白されるんだと悟った。



『追い返せばいいじゃんね、岩泉ってば』

『あの子一組の子じゃん。寧々のこと知らないのかな』



 一は真面目だ。それは出会ったときから何一つ変わらない。
 女の子の気持ちを蔑ろにはできないひと。呼び出しにはきちんと応じ、人目のない場所で頭を下げる。一なりの、誠意ある意思表示。

 そんな一が好きだった。
 これまでだって、何度かその背中を見送ってきた。

 真っ先に歪んだ想いの感覚を、私は今でも忘れられずにいる。

 その場で断ってほしかったのだ。どうせあの子の気持ちには応えられないのだから、わざわざ足を運ぶ必要もないのに、と。



 ───行かないでよ。



 瞬間、自分が姿形を変えた別の生き物になってしまったような気がした。

 その頃からだった。一といても、以前のように笑えないことが増えていったのは。

 バレーの試合で、及川くんの声援に混じって聞こえた一を呼ぶ高い声。
 帰り道、偶然遭遇した中学時代の女友達。私以外の手が一の背中に触れたこと。遊びの誘い。

 そんなものが全部、全部、苦しくて堪らなくて。



『もう付き合えない。一といると苦しい』



 一方的に別れを告げると、案のごとく一からは納得がいかないと問い詰められた。けれど、私は正直な想いを打ち明けることができなかった。



『辛い思いさせて悪かった』



 その言葉を最後に、一とは終わった。

 謝らないで。
 だって一は悪くない。
 それさえも伝えられなくて、私は一を傷つけた。

 誰とでも真っ直ぐに向き合おうとする一が好きだった。

 一のことがただ好きで、この気持ちが大切だった。





 それ以上のものは、なくて良かった。



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