第6章 *・゚・レインシューズはいらない*・゚*【岩泉一】
カッ···と、顔に熱が集まる。
お互い譲り合っているうちに、私は傘の柄の上の部分を握りしめていて、気づけば一の熱い掌が重ねられていた。
「俺はまだ······寧々が好きだ」
足もとを叩く雨糸は、────檻のよう。
ある日突然芽を出したその感情は、片想いしていた頃にはないものだった。
一が別のクラスの女の子と一緒に教室から出ていく後ろ姿を見た。きっと、告白されるんだと悟った。
『追い返せばいいじゃんね、岩泉ってば』
『あの子一組の子じゃん。寧々のこと知らないのかな』
一は真面目だ。それは出会ったときから何一つ変わらない。
女の子の気持ちを蔑ろにはできないひと。呼び出しにはきちんと応じ、人目のない場所で頭を下げる。一なりの、誠意ある意思表示。
そんな一が好きだった。
これまでだって、何度かその背中を見送ってきた。
真っ先に歪んだ想いの感覚を、私は今でも忘れられずにいる。
その場で断ってほしかったのだ。どうせあの子の気持ちには応えられないのだから、わざわざ足を運ぶ必要もないのに、と。
───行かないでよ。
瞬間、自分が姿形を変えた別の生き物になってしまったような気がした。
その頃からだった。一といても、以前のように笑えないことが増えていったのは。
バレーの試合で、及川くんの声援に混じって聞こえた一を呼ぶ高い声。
帰り道、偶然遭遇した中学時代の女友達。私以外の手が一の背中に触れたこと。遊びの誘い。
そんなものが全部、全部、苦しくて堪らなくて。
『もう付き合えない。一といると苦しい』
一方的に別れを告げると、案のごとく一からは納得がいかないと問い詰められた。けれど、私は正直な想いを打ち明けることができなかった。
『辛い思いさせて悪かった』
その言葉を最後に、一とは終わった。
謝らないで。
だって一は悪くない。
それさえも伝えられなくて、私は一を傷つけた。
誰とでも真っ直ぐに向き合おうとする一が好きだった。
一のことがただ好きで、この気持ちが大切だった。
それ以上のものは、なくて良かった。