第6章 *・゚・レインシューズはいらない*・゚*【岩泉一】
良かった、少しだけ緊張が解けてきたみたい。前みたいに話せてる。
一の隣で、もう一度笑えてる。
「お前は、あれだ」
「うん?」
「あー、その、なんだ。······わらってるほうがよ」
「? ごめん、雨の音でよく聞こえない」
「だから」
「うん」
「······笑ってるほうが、可愛いっつったんだよ、ボゲが」
思わず隣を仰いでしまう。
不意打ちでそんなことを言うなんてずるいよ。
そういえば一は付き合っていた頃もそうだった。
甘い言葉なんてささやくタイプじゃなかったけれど、ここぞというときには胸のうちを素直に口にしてくれた。
かと思えば言ったそばから本人が照れてしまうので、私もよくつられていたっけ。
仰いだ先の剥き出しの耳たぶは、あの日の放課後教室で見たのと同じ。赤い色。
「あ、ありがと」
素っ気ない返事をしながらすぐに真正面に顔を戻した。
本当は嬉しくてたまらない。こんなの、舞い上がらないわけがない。
一はまだ私のことをそんな風に思ってくれるの? ただ元気付けようとしてくれただけ? それともこの半年で誰にでもそういうことを言えるようになったの。
雨が降っていて良かったと思う。おかげで私の心臓の音がまぎれる。
「っあ、わりぃっ、肩」
「ううん、平気平気」
「···うおっ」
私の肩が雨水に打たれたのに気づき、反射的にこちらへ傘を寄せてくれた一の肩にも大粒の水滴が落っこちる。
「だめだよ。岩泉が濡れちゃう」
「俺はいいって」
「私もいいよ」
「よくねぇ。黙って入っとけ」
「だって一が風邪引いたら嫌だも···っ」
名前を口走ってしまったことにハッとした。とっさに掌で口もとを押さえると、雨音と沈黙がふたりを包んだ。
「······なに必死になってんだよ」
「バ、バレーに影響出ても困るでしょ? 大事な時期なのに」
「こんなんで風邪引くほど俺はヤワじゃねーよ」
「わかった、から······手、はなして?」
「······できねぇ」