第6章 *・゚・レインシューズはいらない*・゚*【岩泉一】
同じクラスだった一を好きになったのは、一年生の夏のはじまり。
クラスメイトとして、友達として、一の近くで笑っていた十五歳。
切りすぎた前髪に笑われても、ちょっと太ったんじゃねぇのかって頬をつままれても、なにもかもが嬉しくてたまらなかった。
もうすぐ一年の教室ともお別れだという頃に、私から告白をした。ほとんど衝動的だったと思う。
偶然ふたりきりになった放課後、どうしても彼に想いを打ち明けたくなって、そろそろ部活行くなと立ち上がった一の背中にとっさに『好き』を投げていた。
振り返った一の驚いた顔。直後に真っ赤に染まった耳。掌で口もとを鷲掴むように覆った一の一挙一動が、いまでも脳裏に焼きついて離れずにいる。
「嫌かもしんねぇけど、我慢しろ。こんな状況見てほっとけるわけねぇべや」
「でも」
「でもじゃねぇ。どうしても文句あんなら明日聞いてやる」
それ以上はなにも言えずに、帰んぞ、と言った一の一歩後ろに続いて昇降口の扉を跨いだ。
もう二度と肩を並べて歩くことはないと思っていたのに不思議な気分だ。
一は優しすぎるんだ。
私は一を傷つけたのに。
「無くなった傘って、あれか?」
一にそう尋ねられ、ふと懐かしさがよみがえる。
昨年のこの時期、一本の傘に身を寄せ合って歩いた私の自宅までの道のり。
「昨年買ってもらったって嬉しそうにしてたあの傘だろ? 青空の」
「よく覚えてたね」
「だってお前何度もしつこく俺に見せてきたじゃねぇか。うぜーくらい」
「ふふ、だったっけ?」
あの傘の内側で、一とするキスが好きだった。
ひとりでは煩わしい頭上を叩く雨音も、狭く窮屈な息苦しさも、粘っこい空気も心地よくなる小さな世界。
「たぶん、誰かが間違えて持ってったんだろ」
「······そうだね」
「んな暗い顔してんじゃねぇよ。笑え」
「そんな暗い顔してた?」
「陰々滅々って感じだな」
「それ言いたかっただけじゃん」
「今日覚えたばっかだ」
「だと思った」