第6章 *・゚・レインシューズはいらない*・゚*【岩泉一】
なんの味の広がりもみせずに終了してしまった会話が虚しい。別の話題を探してはみるものの、都合の良い調味料は早々には見つからなかった。
静寂を緩和させる雨風も、さすがに沈黙の面倒までは見きれないと匙を投げたように音を強めて地を打ち付ける。
ローファーに履き替えた私と、上履きの岩泉。ふたりの間を隔てる段差が、目の前に立つこのひとを一層大きく見せていた。
「······帰らねぇのか?」
うつむいた私の頭上に低い声が落ちてくる。
久しぶりに間近で聞いたその声は、体育館でチームメイトの及川くんを罵倒しているときのものとは別物だった。
どこか遠慮がちで、耳元にほろ苦さが漂う。
「傘が、なくて」
「は? なんでだよ」
なんで、か。
それは私が一番思っていることだと心の中で小さくむくれる他なかった。
本当に大切な傘だったのだ。それなのにどうしてなくなってしまうのと、今頃になって泣きたい気持ちが迫り上がる。
まさか高校生にもなって所有物全てに名前を記入しておくわけにもいかないし、身に覚えはないけれど、もしも故意に持ち出されてしまったのだとしたらしばらく立ち直れないかもしれないくらいにはショックだ。
私たちの間に再び数秒の沈黙が流れると、悩んだ末か彼は語気を弱めて「あー···」と唸った。
「んじゃあ、一緒に帰るか?」
「えっ、いやいいよっ、大丈夫」
「この雨でどうやって帰んだよ」
「は、走るっ」
「あ?」
「もう帰るだけだし、濡れても平気っ」
「バカか、風邪引くぞ」
「···ばか、って」
「···悪い」
決まり悪そうに詫びた岩泉を見て、思わずちくりと胸が痛んだ。
謝らないで、と思う。
事実無茶なことを言っているのは私なんだし、彼のそれは親しみのある人間だからこその口振りであることも知っている。
だから岩泉は
─── 一は、悪くないよ。
別れてから一度も話をしないまま、気がつけば半年以上が経過してした。こうして対面するのは本当に久しぶり。
三年生になってクラスも離れてしまったし、バレーを観に行くこともなくなった。廊下や中庭ですれ違っても目も合わさない。
あんなにも近くにいたひとが遠くなるという虚無感を、私は痛切に味わったのだ。