第6章 *・゚・レインシューズはいらない*・゚*【岩泉一】
傘がないと気づいたのは、下駄箱から靴を取り出してすぐのことだった。
他の生徒の影も疎らになった下校時、三クラス合同の傘置き場に残されていた傘はたったの二本で、それは自分が愛用しているものではなかった。
雨は今朝から降っていた。間違いなく傘をさして登校してきたのだから勘違いは有り得ない。
この四つ角の右下辺りに確かに差し込んでおいたはずだ。
「あれ、お気に入りだったのに···」
どうやって帰宅しようか、よりも、傘が無くなってしまったことにがっくりする。
一目惚れした傘だった。
表側は至ってシンプルな無地のネイビーだが、開けば鮮やかな青空が内側全面に描かれていて、予算オーバーだと渋る親にしつこくねだって買ってもらったもの。
それが昨年の梅雨の時期で、壊れたりしないよう台風や強風を伴う雨の日の使用は控えてきた。
それくらい、大切にしていた。
誰かが自分の物と間違えて持っていってしまったのだろうか。
けれどここにある傘は真っ黒なものが一本にイエロー系の花柄が一本。
取り間違えた可能性があるとすればこの黒色の傘の人だけれど、開けばすぐに違うとわかりそうなものだ。
「───篠山?」
背後から名前を呼ばれ振り返ると、制服姿の岩泉一がそこにいた。
「······岩泉」
彼の履く上履きが、湿気で濡れた床を擦ってキュ···と小さな音をたてる。
肘まで腕まくりしている水色のシャツの袖。そこから伸びる筋張った二の腕に目を奪われてしまったことには気づかれたくないなと思う。
「どうしたよ? こんな時間まで残ってるなんて珍しいな」
「委員会が長引いちゃって······そっちも珍しいね、部活じゃないの?」
「今日は休み」
「あ、月曜か」
「んだけど、部室の掃除とか色々してたら遅くなった」
「そか、お疲れ様」
「おう」
「「······」」