第5章 *・゚・つかんだ飛沫は七色の*・゚*【二口堅治】
「ごめん、なさい」
「なんで謝んの?」
「だって、こんな立場で、私」
「好きんなったらそういうの、関係ねぇと思うけど」
「お、大人には色々あるんです」
「ぶは! 大人っ」
「え、笑われた意味がわからない」
「だって、寧々ちゃんめっちゃ童顔じゃん? 正直制服着てても違和感ねぇし」
「童…っ、あなたより七つも歳上なんですけど」
「ナナツ!? ってセブン!? マジで!?」
「知らなかったの」
「うん、ハタチくらいかと思ってた」
「どう考えても計算おかしいでしょう」
「細かいことよくわかんねぇし」
今ならまだ引き返すこともできる。そうでなければいけない。
「……初めは、寧々ちゃんのこと、ただ心配なだけだったんだよ」
そう言いながら、掌でクシャリと前髪を掴んだ仕草につられ、再び二口くんを見上げたことを、後悔した。
「けどさ、だんだん、なんで俺こんなことまでしてんだ? って思った時、ああ、俺いつの間にか寧々ちゃんのこと好きになってたって気付いた。ベッドのカーテンの隙間から時々寧々ちゃんのこと見てて、この静かな部屋で仕事してる寧々ちゃんがいつもすっげぇ綺麗に見えて」
「……見られていたなんて、知らなかった」
「あん時の奴らは卒業したし、二年になったら必修も増えて部活も断然忙しくなったのは確かだけど、一番は、寧々ちゃんと顔合わせんのが照れ臭かったんだよ…」
保健室の扉が開かれる度、心の片隅で期待していた。
緩んだ声で私の名前を呼びながら入ってくる彼の姿を。
白いカーテンの向こう側で眠る彼は、どんな顔をしているのだろう。そんなことを思いながら、微かに指を震わせていた。葛藤に息が苦しくて。
「正直……ラッキーって思った、今日」
「え…?」
「あっ、別にわざとじゃねぇし、寧々ちゃんに水ぶっかけちゃったのは悪かったと思ってるけど!」
小さくわらって私は頷く。
「また寧々ちゃんと話せるチャンスだって思ってたんだけど、いきなり告るとか……すげぇダサい奴じゃん、俺」
耳たぶを赤くした二口くんを見て思った。
一体どこへ引き返せばいいのだろうと。
後ろには、もう同じ道なんてない。