第5章 *・゚・つかんだ飛沫は七色の*・゚*【二口堅治】
「なんで俺のTシャツずっと着てんの?」
「これは、だって、あなたが」
「自分の服なんてとっくに乾いてんだろ」
「ちが…っ、別に深い意味は」
「そのまま帰るつもりだったんじゃないの?」
「っ、今から着替えます……っ」
出ていって、と叫んでしまいそうだった。
もっと平静を装えると思っていたのに、私はまた明らかに動揺している。
真っ先に登り詰めてしまった驚喜を隠蔽しなければ。そうささやく理性が困惑と恐怖を道連れに内側で絡み合い騒ぐ。
彼は生徒。
私は教諭。
せめて今日家に帰るまで、彼の所有物を身体に纏っていたかった。そう望んだ罰なのだろうか。
「そのままでいいよ、着ててよ。俺は寧々ちゃんだからそれ」
「勘違いしないで……っ」
優しく諭すこともできないなんて最低だ。彼に好意を寄せてしまった気持ち以前に、私は大人として、人として、教諭として未熟なのだと思い知る。
二口くんの胸元に向かって伸ばした腕に力を込めた。文字通り、こうして彼を突き放すことしかできない。
「……勘違いなのかよ」
眼前の、真っ黒なTシャツの袖から垂れ落ちた拳が、きつく握られたのを見た。
「じゃあ、なんで、いつも同じ時間にそこ、いんだよ」
耳を疑う。
まさか、そんな。
──気付かれていたのだ。
放課後の同じ時間、ここから見える渡り廊下から体育館に向かう彼を見ていたこと。
「なんで廊下ですれ違う時、いつも目ぇ逸らすんだよ」
自然にできていると思っていたのに。
「マネージャーと一緒のとこ見て傷付いた顔してたの誰だよ」
知られてしまっていた。
滑津さんと親しくしているのを目にして、胸が苦しくなったことまで。
「んなの、全然隠しきれてねぇじゃん」
深く関わることなく日々緩やかに、だなんて思いながら、浅はかもいいところだ。