第5章 *・゚・つかんだ飛沫は七色の*・゚*【二口堅治】
このまま穏やかに日々が過ぎ去ってくれることを祈っていた。
腫れ物には目を瞑り、次第に小さくなっていくその時を大人しく待つのだと。
触れず、隠して、守り抜く。
この気持ちは永遠に。
だからお願い。
「寧々ちゃんが帰らないと、心配で俺も帰れないじゃん」
思わせ振りな言葉で刺激しないで。
「ありがとう。でも私はもう大丈夫だから、早く帰って身体を休めなさい。毎日遅くまで部活頑張ってるんだから」
「へぇ~? 知っててくれてんだ?」
「そりゃ、生徒のことだもの」
「なんだよ~、俺だけ特別じゃないの?」
「生徒はみんな特別」
嘘つきだ。
たった一人に、たったの一つ。他の生徒にはない感情を抱いている。
距離を保って自制して、積み重ねてきた常識の隙間を体裁で埋めてきた。客観的な視点を意識し囚われることで、私は全てを守っている。
傷がつかぬよう、そこから漏れ出す膿で彼を汚すことのないように。
上履きが床を擦る音がした。二口くんがすぐ傍にやってくる。
想定していたよりも早くに大きな身体が隣にやって来たので驚いてしまった。
そうだ、身体が大きいと歩幅も広い。計算外だ。
「俺ね、寧々ちゃんのこと好き」
手に持っていたコピー用紙がハラリと足元を滑っていった。
いま、この子は何を言ったの。
違う。待って、落ち着こう。たぶん特別深い意味はないはず。翻弄されるな。
普段から軽い口調で他人に接する子だもの。きっと誰にでも言う『好き』と同じレベルのものに過ぎない。
「嬉しいな。養護教諭として、自信が持てます」
「え? 寧々ちゃんて天然なの?」
「その自覚はありませんが」
「じゃあ俺のことちゃんと見て」
「……っ」
二口くんの手が肩に触れ力が加わる。
対面し見上げた先に見えた瞳の色はとても濃かった。
保守的な私のものとは違う、破壊に挑むような目をしている。
「先生とか、人としてとか、そういうんじゃねぇよ」
「二口く」
「好きだ」
肩に乗る大きな手が震えていたことに、ようやく気づいた。とても、とても小さく。
これ以上知らないふりは、できないと思った。