第5章 *・゚・つかんだ飛沫は七色の*・゚*【二口堅治】
突如やってきたその彼は、どこか小馬鹿にでもするような物言いで臆することなく粛々と怒りをあらわにしていた。
前髪の隙間から見えた瞳に、軽蔑の眼差しを携えて。
そのあまりの迫力に、私まで背筋が震えた。
翌日から二口くんはよく保健室に顔を出すようになった。
眠いから寝かせて、とか、ダルいから寝かせて、とか、疲れたから寝かせて、とか。
大抵寝にやってきた。それも、誰もいない時だけ。誰かが保健室に居ることがわかると帰っていく。
しばらくはそんな日々が続いていた。
「あれ、寧々ちゃんまだ居んの?」
聞こえた声にハッとする。
壁に張り付く時計を見ると、時刻はすでに夜の八時を回っていた。
パソコンで作成していたアンケート用紙の項目欄は殆どが白紙の状態で、所々に誤字の目立つ訳のわからない文章が並んでいる。
「……二口くんどうしたの? 怪我?」
「ん? 別に? 明かりついてたから寧々ちゃんまだいるな~って思って。あ、服乾いた?」
「おかげさまで助かりました。ありがとう。Tシャツは洗濯して後日改めてお返しします」
「え~? なんならそのまま返してくれてもいいんスけどね~。寧々ちゃんの匂い付きで~」
「…ふざけてないで早く帰りなさい」
「寧々ちゃんこそ」
顔を洗ったのだろう。癖のない前髪が濡れていて、十代の肌が蛍光灯のもとで光り目映い。
それは表面的なものだけではなく、なにか内側から不思議な光を放って見えてしまうのだ。
彼と同じ年齢の頃、特別なものに出会うことのできなかった自分には、彼のような存在が光沢を帯びて魅せられてしまうのかもしれない。
当たり障りのない会話をして帰ってしまおう。そう思っていた。
これ以上彼のそばにいたら、きっとわきまえがなくなってしまう。情けないことだけれど。
あの日から、私はずっと、二口くんに想いを寄せているから。
春を迎える頃にはもう、二口くんは保健室に来ることはなくなった。あの時の彼等が卒業していったからだろう。
それを寂しく思う私は、心のなかに青臭くて卑しい膿を孕ませている。