第5章 *・゚・つかんだ飛沫は七色の*・゚*【二口堅治】
「俺のTシャツ貸すから、許して寧々ちゃん」
「……え?」
「だから、それじゃあ風邪引いちゃうじゃん? あ、もしかして着替えあんの?」
「ない、けど」
「ほうら駄目じゃん。俺すぐ持ってくるからさ、ちょっと待っててよ」
「いや、そんなこと……っ」
しなくてもいいから、と言う前に、二口くんはその場から走り去ってしまった。
大学卒業後、この伊達工業高校に養護教諭として採用されて一年。
就職先は願わくは女子高を希望していた。駄目でも男女比の偏りが少ない共学。しかし唯一採用されたのは念のためにと受けた大多数が男子のこの工業高校。甘いと言われるかもしれないが、自信がなかった。
悩みに悩んで覚悟を決めここに来た。今のご時世贅沢なことも言っていられないのが現実だ。
なんとかなる。そう思うより他、自分を奮い起たせることが出来ずに。
まだ仕事に慣れず遅くまで学校に残ることも多かった、一年前の放課後。
日も翳りを帯びた頃、下校時刻もとうに過ぎていた時間帯に当時三年生だった男子生徒がふたりで保健室にやって来た。それが事の発端だった。
気づけばベッドに押し倒されていた。
口は塞がれ身体の自由も封じられ、頭はパニックになり声も出ず、それでも必死に抵抗はした。
『コンドームが』とか『保健の実践が』とか、笑いながら何か言っていたような記憶はある。
そのうち抵抗することにも限界がきて、もう駄目だと力尽きた。
絶望でまぶたを熱くしながら思った。
採用全滅でも、こんな学校来なければ良かったのだと。
『なぁにしてんすかぁ? センパイたち』
シャ…と開かれたカーテンの横に、ストレートの茶髪の人影が現れるまでは。