第5章 *・゚・つかんだ飛沫は七色の*・゚*【二口堅治】
予期せぬ災難に見舞われたのは昼休憩を終えた後だった。昼食を済ませ保健室へ戻っていくと、皮膚に絡み付くような重たい熱気が室内に充満していた。
四時間目を終えた時点で保健室を利用している生徒は誰もいなかったため、閉めきった状態で外出したせいだ。
季節は初夏だが、太陽が真上にくる頃には白衣を脱ぎとってしまいたくなるほどに連日気温が上昇する。
踏み込んだその足で、私は真っ先に正面の大きな窓に手をかけた。
──冷たい、と感じた時には上体に水を浴びていた。あまりにも唐突な出来事に見舞われると声なんて出ないのね。と、冷静にそんなことを思った。
びちゃびちゃと音をたて、絶え間なく茶褐色の土の中へ吸収されていく水の音。
前髪からしたる水滴の向こう側、青の細長いホースを持つすらりと伸びた手が見える。
「……うわ、やっべ」
少し甘めのその声には覚えがあって、私は右手の中指でゆっくりとまぶたの水をぬぐい取った。
不埒な速度で鳴る心音は水の音が上手くかき消してくれるけど、内心動揺している事実を悟られないよう静かに深呼吸をする。
指の隙間から覗いた薄茶色の髪の毛は、初夏の陽光が透けて綺麗で、目眩を覚えた。
二年A組、二口堅治。
なぜあなたなの。
今日もこのまま特別関わることもなく、無事に一日が過ぎてくれることを望んでいたのに。
「ごめん、寧々ちゃんっ!」
「大丈夫です。それより一度水を止めなさい。花壇が水浸しになってしまうでしょう」
「だぁ、くそっ」
なるほど、今日は二年A組が園芸の水やり当番だったのか。
少し意外だ。こういったものは面倒くさがるタイプにも見えるから。
生徒の中には当番を怠けてしまう子もいて、そんな時は代わって私が花壇に水を撒いていた。
男の子の多い学校だから仕方ないかなと思って割り切っている。保健室の前にある花壇の花が枯れてしまうのはなんだか縁起が悪いし。
取り合えずタオルを持ってこよう。
窓枠の向こう側で平謝りする二口くんに背を向けた刹那、予想外の言葉が彼の口から飛び出した。