第5章 *・゚・つかんだ飛沫は七色の*・゚*【二口堅治】
部活動に励む生徒達のはつらつとした声が、妙な生々しさを残して保健室にすべり込む。
パソコンのカーソルをコロコロと動かしながら、生々しいという表現は適切ではないなぁ……と思い至って首を回した。
数時間同じ姿勢でいたせいか、首と肩がひどく凝り固まっている。こんな時、一家に一台、二十四時間出動可能な人型マッサージロボットがあればいいのにと切に思う。
宮城県立伊達工業高校の男女の比率は9:1といったところだろうか。
率直に想いを吐露すれば、声変わりを終えた男子生徒達の雄々しい声音に可愛らしさなどは皆無であると言えよう。
しかしこの学校の養護教諭という身である以上、無闇に生徒を乏しめるような発言はあり得てならない。常日頃より、そのフレーズには一応気を配りながら生活している。
画面上の資料に目を通し終え、纏め上げていた髪をほどいて一息つくと、ふと胸元に落ちた視線の先にため息が零れ出た。
胸に手をあて、紅潮する心臓を嗜めるように言い聞かす。
いい大人が何を考えているの。恋愛未経験者でもあるまいし、みっともない。
彼にとっては何てことのないものなのだ。
それなのに、こうして胸を高鳴らせ女の部分を疼かせているなんて、私は教諭として失格だ。
Tシャツの生地が素肌を擽るそのたびに、内側から熱くなる。
本当ならば、今頃は彼の素肌が纏っていたはずであろうダークグレーの無地のTシャツ。
本日未着用のものとはいえ、おろし立ての新品じゃない。
開いた窓から吹き込んだ初夏の風が、昼休みの出来事を思い出させた。
ただタイミングが悪かっただけ。やむを得なかっただけ。
これは、お互いの不注意が原因であり、彼の善意から与えられたものに過ぎない。気付かれては駄目。絶対に。
高校生である彼に抱いてしまったこの感情は、包んで隠して、永遠に閉じ込めておくと決めたのだから。