第4章 乙女は大志を抱けない【藤井昭広】
『こんなフラフラな藤井くんほっておけないよ』
倒れた俺に真剣な顔でそう言った篠山の真っ直ぐな目が、熱でゆらゆらと定まらなかった霞む視界を束の間えらく鮮明にした。
俺が知るクラスメイトの篠山寧々はもっと大人しいやつだと思っていたから、単純にびっくりしたせいもある。意外な一面もあんだなと思った。
「···フッ」
仰向けになり、ベッドサイドに頭をぶつけて涙目になっていた篠山を思い出したらうっかり笑いがこぼれてしまった。
六人兄弟の四番目に生まれた俺は、この家では兄でもあり弟でもある。両親は共働きで忙しい。
時に上から面倒事を押し付けられても文句は言えず、目を離せば何をしでかすかわからない危なっかしいチビたちに振り回される苦労の絶えない毎日だ。
思えばこの二段ベッドもそうだった。
弟というだけで当然のごとく下の段しか選ぶ権利を与えられない理不尽さ。
加えて上段の床板やフレームに頭をぶつけるアクシデントと激痛は、そんな理不尽に輪をかけた逃れられない無慈悲な宿命とも言える。兄貴は生まれてこのかたこの痛みを味わったことがない。
ひとりっ子の森口や童心の塊みたいな榎木は秘密基地みたいで面白そうと本気で目を輝かせていたけれど、俺だって本当は上の段が良かったし、欲を言えば二人みたいに一人用のベッドで寝たい。
こういうのを隣の芝生は青く見えるというのだろうか。
だけど今の日々が永遠に続くわけじゃないこともわかってる。
両親には感謝しているし、いつか兄姉たちがこの家から巣立っていなくなることを想像するとそれはやっぱり寂しいものがあるわけで。