第4章 乙女は大志を抱けない【藤井昭広】
*
「昭広ー、父さんと母さんもうすぐ帰ってくるって電話らしいけど、夕飯買って帰るから昭広も食えるか? ってさ」
「···あー、うん。軽く食う」
「了解~」
おーい、朝子ー、昭広も食うってさ。
兄貴がドアから外に顔を出してそう伝えると、リビングのほうから朝子姉のはーいという返事が聞こえた。
俺は夕方よりも少し楽になった体を起こし、汗で湿ったパジャマを新しいものに替える。
「なーなー、今日見舞いにきた子、けっこう可愛い子だったじゃん」
「見舞いじゃなくてプリントを届けにきたんだろ、篠山は」
「お前って全然浮いた話しねぇけど、好きな子とかいないわけ?」
「はあ? いねーよそんなん」
「けどさすがにタイプはあんだろ? こういう子がいいとかさ」
「うーん···明美姉と朝子姉みたいなのとは結婚したくねぇな」
「オイ声をひそめろ殺られるぞ」
こそこそと、友也兄が部屋のドアを気にするように振り返る。年功序列が成り立っているきょうだい間では、長女の明美姉が一番権力を持っているうえ、怒らせるとこわい。
「じゃあ聞くけどさ、兄貴は俺くらいの歳のとき好きな奴とかいたわけ?」
「そりゃまあなあ~。同じクラスの早苗ちゃんっていって、可愛い子だったぜ。ま、中学受験して私立行っちまったからそれきりだけどな」
「ふうん」
「で、今日の子とかどうなん?」
「だからなんでここで篠山が出てくんだっつの」
「あの子さあ、クラス委員目指してっから今日お前にプリント届けに来たんだと」
「へえ、そんなんか」
「ブ···ッ (納得すんのかよ) 」
「?」
なにがおかしいのか、友也兄がクク、と笑う。
今日のお風呂掃除は友也兄の番なのにしてないじゃない! と目くじらを立てて部屋に乗り込んできた朝子姉に、今からやろうと思ってたんだって、と舌打ちしながら絶対に嘘だとわかる言い訳を並べ部屋から出ていく兄貴を見送る。
ベッドにもぐり込みながら、俺はなんとなく今日の出来事を思い返した。
( ···好きな子、ねえ )