第4章 乙女は大志を抱けない【藤井昭広】
大人顔負けの会話で家の奥へと去っていく小さな背中に苦笑いする。
やっぱり上に歳の離れた兄弟がいるとおませさんになるのだろうか。
「あ、そういえばこれ、渡しそびれていたものなんですけど」
あたしはサブバッグから乳白色のクリアファイルを取り出して、お兄さんに手渡した。
「···もしかして、キミも生徒会の子?」
「え? 違います、けど」
「こういうの、いつもは昭広の男友達が届けにくるからさ。なんてったっけ、ほら眼鏡の」
お兄さんが指で眼鏡を真似て作った丸を目の近くに持っていく。
「森口くんですか?」
「そう森口! 生徒会長の!」
森口とは森口仁志くんのことで、藤井くんとは一番仲の良い友達だ。
もしかして、いつも来る森口くんに代わってあたしが来たから、お兄さんに変に思われた···とか···?
そう考えはじめると、またみるみるうちに顔に熱が集まっていく。
ふ~ん···と探るような視線を向けるお兄さんに藤井くんへの気持ちを見透かされてしまった気がして。
「あ、あの特に深い意味はなく···っ、クラス委員···っ、そう、あたしクラス委員···を目指してるので···!」
とっさに訳のわからないことを口走っていた。
そんなあたしを見たお兄さんは、一瞬きょとんとした顔をしたあと、盛大に肩を震わせていた。
声を出さずに笑ったのはお兄さんなりの気遣いだったのかもしれないけれど。
たぶんこれが決定打。
十中八九、あたしの気持ちはお兄さんにバレてしまったに違いない。
こうして、勝者となったはずの恋する乙女の放課後は、良いも悪いも予期せぬ爪痕を藤井家に残して賑やかに幕を閉ざしたのである───。