第4章 乙女は大志を抱けない【藤井昭広】
バタバタと廊下を走ってくる音が聞こえて我に返った。
締め切れていなかった子供部屋の扉が全開し、四~五歳くらいの女の子と二~三歳くらいの男の子が低い場所からひょいと顔を覗かせた。
「ありゃ···?」
「はら···?」
「あ···こ、こんにちは。お邪魔、してます」
ギギギ···と、首だけをぎこちなく回して精一杯の笑顔を作る。
( もしかしてこの子たち、藤井くんの妹さんと弟さん···? )
「と、と、友也兄ちゃあああん! 大変でしゅー!」
「昭広兄ちゃんのお部屋にー!」
「あ···っ」
「あー···うるせー奴らが···帰ってきやがった···」
部屋から飛び出していった二人に唖然としていると、藤井くんはそう呟いて背中からベッドに倒れた。
*
「なんかごめんな? 昭広が迷惑かけたみたいで」
「いえそんな! むしろ、あたしのせいで逆に藤井くんゆっくり休めなかったかも···」
「あー、大丈夫大丈夫。うちは兄弟多いから、誰が寝込んでもいつもこんな感じよ」
「藤井くん、落ち着いたみたいでよかったです」
帰り際、藤井くんのお兄さんと妹の一加ちゃん、弟のマー坊くんに見送られ、あたしは玄関先で三人にペコリと頭を下げた。
藤井くんは、あのあとすぐに薬を飲み、今は寝ている。
「ねえねえ、寧々ちゃんは昭広兄ちゃんのコイビトなの?」
「ええ!? ち、ちが、そんなんじゃないよ一加ちゃん!」
「でも昭広兄ちゃんと見つめ合ってたでしゅ」
「ああああれは、あれはあたしが頭をぶつけちゃったからっ」
カアッと顔が熱くなるのは誤魔化せなかった。
とても幼稚園児とは思えない発言にうろたえるあたしを見て、お兄さんが「ったく、お前らはもう向こうに行ってろ」と二人を手で払う仕草を見せる。
「あーあ、あたしはいつになったら実ちゃんと恋人同士になれるのかしら」
「一加ちゃん、そんなに焦らなくても僕がいましゅよ」
「マー坊じゃ埋まらない気持ちってものがあるのよ」
「むむ···埋まらない気持ちでしゅか···」
「このマセガキ共···」