第4章 乙女は大志を抱けない【藤井昭広】
慌てた拍子に二段ベッドのサイドフレームに頭をぶつけたあたしは、あまりの痛みに目をつむり頭を押さえうつむいた。
同時にギッ、というベッドの軋む音がして、藤井くんがとっさに体を起こしたのがわかった。
「大丈夫です···」 うつむいたまま、どうにか蚊の鳴くような声で答える。痛いのと、情けなくて恥ずかしいのとで顔を上げることができないでいる。
ああ、こんなことなら"勝負"になんか参加せず、大人しく別のクラスメイトに任せたほうが良かったのかもしれない。そんな後悔が一瞬頭の片隅をよぎった。
『誰が藤井くんの家にプリントを届けに行くかはじゃんけんで決めよう!』
恨みっこなしのじゃんけん勝負。
提案したのは女子のクラス委員長だ。
なぜこんな提案をされたのかは察しのとおり。藤井くんがモテるからである。ものすごくモテるからである。だから藤井くんのファンの子たちがこぞってその役目に立候補し、一時収拾がつかなくなったのだ。
クラスでも一番スタイルの良い麗香ちゃん。明るくて、藤井くんにも臆せず声をかけられる桃乃ちゃん。ピアノが上手でバイオリンも弾けるさくらちゃん。そうそうたる立候補者メンバーのなかへ入っていくのはとても勇気のいることだった。
あたしは人に自慢できるようなものなんて持っていないし、藤井くんとも友達と呼べるほどまだ仲良くなれてない。
朝も、授業中も、お昼休みも放課後も。
いつも陰からこっそりと眺めているだけで。
そんな自分を変えたいと思った。
きっかけが欲しかった。
藤井くんの家にプリントを届ける。
ただそれだけのことだけど。
ここでクラスの代表を勝ち取ることが叶ったら、もしかしたら、なにか変われるんじゃないかって。
「···ご、こめんね藤井くん。もう大丈夫。すぐコップ持ってくるね」
「んや、いいって」
「え、でも」
「どうせ俺以外は飲まねーだろうし···誰も文句ねーだろ」
藤井くんはペットボトルを手に取ると、ラッパ飲みで喉を鳴らして大量のポカリを体内に流し込んだ。