第4章 乙女は大志を抱けない【藤井昭広】
こんなにもドキドキしてしまうのは、藤井くんとあたしには特別な接点がないからだろう。あたしが知ってる藤井くんは、学校での藤井くんの一部分だけ。
あたしは低学年の頃から運動会やスポーツテストで目立っていた藤井くんを一方的に知ってはいたけど、学校での藤井くんの性格は少しクールというか、特に女子と親しげに話しているところはあまり見たことがない。
六年生になってはじめて同じクラスになったけれど、藤井くんにとってのあたしは存在のぼんやりした女子のひとりなのだろうなと思う。
そんなあたしが藤井くんの家にいるといういまいち現実味のない状況に、どこかふわふわとした気持ちになるのも仕方のないことだった。
家ではどんな感じなんだろう。普段はどんなことをして過ごしてるんだろう。
毎日ここで家族とご飯を食べているのかなとか、あのソファに座ってテレビを観たりゲームをしたりしているのかなとか。
って、高熱で苦しんでる藤井くんをよそにこんな妄想してる場合じゃない······!
邪念を振り払うように咳払いをして、小さな声で「失礼します」 急いで冷蔵庫の扉を開けると冷たい空気が頬を撫でた。
( ···だけど、藤井くんとこんなに話せたの、はじめてかもしれない )
今になって、なんだか普段の自分からは想像もつかないような大胆なことをしている気がして。
熱くなる体を冷やすように、冷蔵庫から取り出した二リットルのポカリスエットをぎゅっと抱えあたしは子供部屋へと急いだ。
ベッドサイドからそっと藤井くんを覗き込むと、少し切れ長の目が重たげに開かれる。
「藤井くん、ポカリ持ってきたんだけど、飲める···?」
「···ん~···」
「あ、待って、今コップに」
言いかけて、あれ、と思う。
コップ。
そうだ、コップ、コップがない。
気づいた途端、ペットボトルの重さが改めてずっしりと両腕に伝わる。
よく見るとポカリはすでに開封済みで五分の一程度減っていた。とはいえさすがにこの量を今の藤井くんにラッパ飲みさせるわけにもいかない。
我ながらあたしってば使えない···!
「ごめん、コップ持ってくるね···っ」
ゴン!!
「い"っ──」
「バ、篠山なにやって···っ」
「~~~ッ、」