第4章 乙女は大志を抱けない【藤井昭広】
しなだれかかったままの藤井くんを担ぐように体勢を整えて、その場で足を踏ん張る。
藤井くんの体格は平均的だ。それでもあたしよりかは少しだけ身長が高いので、気を抜いたら一緒に倒れてしまいかねないほどには重い。
早く藤井くんを休ませてあげなくちゃ。
インターホンを鳴らす前の緊張はいつの間にか吹き飛んでいて、あたしは藤井くんごと玄関に足を踏み入れた。
「藤井くんポカリとかある···? 汗かいてるし水分取ったほうがいいと思う」
「ポカリ···たしか、冷蔵庫ん中にある···ってたはず···」
「開けさせてもらってもいいかな? あたし持ってくるよ」
「頼む···」
「キッチンてどこ?」
「部屋出て、左の奥だ···冷蔵庫は、行きゃわかると思うぜ···」
「わかった」
おぼつかない足取りの藤井くんを支えどうにかたどり着いたのは、玄関先からほど近い子供部屋。二段ベッドの下の段に横になった藤井くんにそう告げて、あたしはひとまずポカリスエットを取りに子供部屋を出た。
廊下を歩いて行った先、突き当たりの部屋の開き戸の取っ手をひねる。少し震える足で踏み込んだそこは広々としたリビングで、隣がキッチンスペースになっていた。
リビングは人気がなく、しん···と静かだ。やっぱりご家族はみんな留守にしているらしい。
ゆっくりと辺りを見回す。
低めのテーブルを囲むように、大人数が座れる仕様の大きなソファが置かれている。
壁側にはテレビがあって、テレビ台の上にいくつかの種類のリモコンがまばらに置かれていた。ふと視線をテレビ台の下に向けると、床にゲーム機のコントローラーがひとつだけ転がっている。
( ···あたし、本当に藤井くんの家にいるんだ··· )
嬉しいような、なんだか申し訳ないような。遠い存在だった憧れのアイドルのプライベートを思いがけず覗き見てしまった気がしてそわそわと落ち着かない。
嗅ぎ慣れない他所 (よそ) の家の匂いが何度も鼻の奥をくすぐって、また鼓動が速まる。