第4章 乙女は大志を抱けない【藤井昭広】
一言。うつむき加減でそう呟いた藤井くんはパジャマ姿で、頭に冷えピタみたいなのを貼っていた。まだ熱が高いのか、顔が赤い。
こんな風にぐったりしている藤井くんの姿を見るのははじめてだった。
藤井くんは元気ハツラツというタイプではないけれど、スポーツはなんでもこなせる人だし、普段は佇まいも堂々としている。
そんな彼が今は立っているのもつらそうな状態だ。
藤井くん本人が玄関まで出てきたということは、ご家族は誰もいないのかもしれない。
「うん···でも藤井くん、無理に起きてこないほうがよかったんじゃ」
ド···ッ
肩に衝撃が走ったのはそのときだった。同時に体が重くなり、反動で重心が後ろに傾く。
えっ、と思った。
何が起きたのかわからずに、一瞬頭の中が真っ白になる。
「···悪···フラついた···」
「!?」
倒れ込んできた藤井くんの体温が、思っていた以上に熱いことに驚いた。
ぜぇぜぇと苦しそうに息をする背中が上下に大きく揺れている。
「藤井くん寝てなきゃ駄目だよ部屋に戻ろう···っ、あたし支えるから···っ」
「や、待て···篠山はいい···俺一人で、戻れっから」
「でも、こんなフラフラな藤井くんほっておけないよ」
「寝てりゃ···治る···つーか、これ以上いると···篠山にうつっちまうかもしんないだろ···」
「大丈夫うつらないよ!」
即答していた。
根拠はない。
藤井くんの口からも、「は···あ?」という怪訝そうな声がこぼれる。
「おま···なんで···んな自信満々なんだ···」
「あ、あたし小学生になってから風邪引いたことないもん!」
「はー···そりゃまた···健康体だな···」
「ありがとう! だから安心して!」
「···言ってもなぁ···」
「藤井くんはこれ以上喋らないで!」
「···ぅ"~」
とにかく無我夢中だった。
ちなみに『小学生になってから風邪を引いたことがない』は本当だ。
幼稚園まではよく熱を出していたとお母さんから聞いたことがある。
それから両親の勧めで水泳を習いはじめ、そのおかげかはわからないけれど、気づけば不思議と風邪を引かなくなっていた。