第4章 乙女は大志を抱けない【藤井昭広】
もうどのくらいの時間が経過したんだろう。
とあるマンションの一室の前に立ち、けれどもあたし篠山寧々はなかなかその先を踏み出せずにいる。
顔面の数十センチ先にあるのはインターホンの呼び出しボタンだ。
視界は良好 (?) 進行方向問題なし (?) 人差し指が到達するまであと少し───のところでハッとして、ゼェ、ハァ、ゼェ、ハァ。
指を引っ込めしゃがみこみ、無意識に止まっていた呼吸を整える。
さっきから、この繰り返しなのである。
( こんなんじゃあ日が暮れちゃうよ··· )
肩を落としながら思う。
どうして次の一歩が踏み出せないんだろうと。
たった少しの勇気を振り絞るだけでいい。
大好きな男の子が住んでいる、この家のインターホンを押す勇気。
──それだけのことなのに。
自分の意気地のなさに嫌気がさして、はああと大きなため息を吐く。けれどここで挫折して帰ってしまうわけにもいかないのにはちゃんとした理由がある。
あたしは今日、風邪で欠席したクラスメイトにプリントを届けるという大役を"勝ち取って"彼の家までやって来たのだ。責任は果たさなければいけない。
すう···。今一度大きく息を吸う。
指の震えは健在だけど、もう甘やかしてやるものか。
いい加減、腹をくくらなきゃ。
ピン、ポーン。
お、おおお押してしまった······!
室内に響いた呼び出し音が外まで聞こえ、全力疾走した直後のような動悸が胸の内側で暴れ出す。
どうしよう、どうしよう。誰が出てくる?
お母さん? お兄さん?
えっと、えっと、まずは「こんにちは」って言って、藤井くんの様子を聞いて、それから、それからプリントを······
思ったところで、ガチャ、という音がした。
心なしかゆっくりと、スローモーションのように目の前のドアが開かれていく。
次の瞬間、あたしは絶叫しそうになったのをどうにか喉の奥で堪えた。
開いたドアの向こう側から現れたその人は、あたしが片思いしてる彼、藤井昭広本人くんだったからだ。
「···あ? 篠山······?」
「は、はい···篠山、です。あの、あたしプリントを」
「プリント···あー···」