第2章 *・゚・夜を結う*・゚*【不死川実弥】
「実弥くん···?」
顎にかかる手。ふわりと眼前に影が落ち、少し皮膚の硬い親指が下唇を押し下げる。
それにつられて、寧々もおのずと口を開いた。
深いキスに導かれる。唇が重なった瞬間から、歯列をなぞられ舌を絡め取られてゆく。
「ふ、ッ」
熱くて、甘い。ただひたすら求め合うそれに、しばらく溺れた。このまま沈んでしまってもいいと思った。
「どうしたァ···。寂しくなっちまったかァ」
唇が離れると、至近距離から目の奥を覗き込むように、実弥が語りかけてくる。
「···うん。さみしい」
直後、実弥の香りが顔回りに漂う。
引き寄せられて、肩の上に顎が乗る。
「···俺ンち、戻るか?」
「だ、だめ。せっかく送ってもらったのに、それじゃ実弥くんの時間無駄にしちゃうみたいで、心苦しいよ」
「寧々といる時間を無駄に思うことなんざこれっぽっちもねェよ」
「···実弥くん、わたしのこと甘やかしすぎ」
「俺がそうしてェからしてる」
「嬉しい、けども」
名残惜しいのは、確か。だから、このまま思いきり寄りかかってしまいたくもなる、けども。
「今日は、帰るね。週末、また楽しみにしてるから」
どうにかぐっと踏みとどまる。
広い背中に手を回し、もう離してくれて大丈夫だよの気持ちを込めて、赤ん坊をあやすときのように、トントンと叩く。
これ以上もたもたしていたら、ますます彼の休む時間が減ってしまう。それを奪うことは、極力したくない。
ぬくもりを手離して、ありがとね、と言いながら助手席のドアを開けたとき、「寧々」と呼ばれた。
「ん?」
「昼間···スペアキー渡したろう」
「うん···あ、もしかして返したほうがいい?」
「いや、持っててくれてかまわねぇ。だが失くしたりすんなよォ」
「ふふ。ちゃんとキーケースの中に大切にしまってあるよ」
微笑んだ寧々を見て、ふと、まぶたを伏せつつ無言になる実弥。そんな実弥を不思議な気持ちでじっと見つめる寧々に対し、実弥はフロントガラスの彼方へと視線を向けて、もう一度口を開いた。