第3章 月島軍曹と網走監獄
「和田大尉殿、少しよろしいでしょうか」
「月島軍曹」
仕事に戻ろうと解散したとき、月島軍曹に呼び止められた
「これ、お返しします」
部屋の鍵を渡される
何だか恋仲のようなやりとりだな、とむずむずした気持ちになる
「うん、ありがとう
机の上に置いていたのを察してくれて、流石だな」
「この度は何と言いますか、その……
大変申し訳ありませんでした
如何なる処遇も受ける覚悟であります!」
月島軍曹が頭を深々と下げた
予想もしない態度に驚く
「えっ!?
そんな、処遇とか無い無い!」
「いえ、夜分遅くに嫁入り前の女性の部屋に押し入り、あまつさえ床を同じくするなど言語道断!
ましてやそれが上司であれば、自害も辞さないであります」
「私が部屋にいれたから大丈夫!
セーフ!」
「せーふ?」
意味はないが、なんとなくかがみ腰になって両手を横に大きくぶんぶんと振ってみる
怪訝そうな顔をした月島軍曹が見ていた
「…そうだな、もしも何かお詫びがしたいというならばお願いがある」
「お願い、ですか」
照れを隠すように、頬をかきながら話す
「~っ、これからも、な、名前で呼んで欲しい」
「いえ、それは出来かねます」
「何でぇ!!」
「規律が乱れますゆえ、申し訳ございません」
「この鬼軍曹が!
何も普段から呼べと言っているのではない、二人だけの時で良い
………その、私はこの名字に強い不快感を持っているのだ」
「!」
月島軍曹の顔色が変わる
雪山の日の事を思い出したのだろう
「…………、大尉殿のお気持ちは解らなくもありません
上官命令でしたら、あるいは……」
「!
上官命令だ!
月島軍曹には、名前で呼んでほしい」
月島軍曹は一度目をつむり、ゆっくりとこちらを見た
「ゆめ大尉殿」
「うん」
いつもの心情を読ませない瞳と違って、二人の時は何だか優しく見える
月島軍曹を見ていると、胸の奥が苦しくなった
一緒にまた食事に行きたい
貰ったリボンも、毎日着けたい
あの日帰したくなかった
女学院で友人が恋をしていた時の話を思い出す
"好きになったらその人といると胸が苦しくなるの、でも凄く甘くもなるのよ
その人の事ばかり考えては、胸を熱くするの"
「(私は、月島軍曹の事を好きになっているんだな)」