第2章 優しい約束、哀しい約束
薫さんから卵焼きの話を聞いてからと言うもの、俺の頭から卵焼きが離れなかった
料理はまるでだめだ
千寿郎には料理に才がある
任せてばかりではよくないとわかっていながら手を出せずにいた
「卵焼きか…どうしたものか」
「兄上、卵焼きを召し上がりたいですか?今日の夕食は卵焼きにしましょう」
任務から帰り、草履を脱ぐ俺の背後から千寿郎の声がした
俺の洩れ出た心の声にさえ返事をする千寿郎は、なんとも千寿郎らしい
振り返れば眉を下げた笑顔を向けている千寿郎と目が合った
「うむ。千寿郎、兄は卵焼きが好きだ!しかし、その卵焼きを食すだけではなく作れるようになりたい。教えてくれるか?」
「卵焼きの作り方ですか?」
千寿郎は笑顔をきょとんとした表情に変えていた
それも無理はない
俺が料理を教えて欲しいと頼んだのは初めてのこと
「ああ!甘めで頼む!」
「甘めの卵焼き…任務に必要なのですか?」
うむ…任務に必要と言えば必要…なのか
なんと返事をするか、考えあぐねいていると
千寿郎はきょとんとした表情を再び笑顔に変えて
「ちょうど卵を買ってきたところです。昼食に合わせて作ってみましょう」
と、提案してくれた
まだ卵焼きが上手く作れるかもわからないと言うのに
俺の頭には薫さんの綻ぶ顔が浮かんでいる
それにしても卵を割るところから手こずるとは思わなかった
何せ繊細だ
力加減に気をつけなければ粉々になってしまう
そんな卵は、まるで薫さんのようだ
儚くて脆い。少しの傷で砕け散ってしまう
そんな彼女を危ういと感じたのだ
「兄上?どうかされましたか?」
掌に収まる卵を見つめたままの俺を千寿郎が覗き込んできた
俺は一体どうしてしまったのだろうか
「いや!なんでもない。次はどうしたらいいのだ?」
俺の卵焼き作りの修行は暫く続きそうだ