あなただけに見せる顔【約束*番外編】(鬼滅/上弦夢)
第1章 sign
少女のように一瞬、目を輝かせて手を伸ばすのを見つめながら、私もオーダーした自分の酒に手を付ける。なれた流れで軽く互いのグラスを叩き鳴らして、一口目をつける。
最初はぞくりとするほど冷たいのに、喉の奥で辛みを伴った熱に変わってじわりと体を温めていく。
長い休みの前の深夜だからか、普段これくらいでは酔うはずもないのに今宵はどうも限界までが短いのかもしれない。
こちらの好みまで把握しているオーナーが出す軽いメニューと酒の入るタイミングが、酔いを緩やかに加速しながら、気持ちよさに気が付かぬうちに表情が緩んでいく。それを指摘して笑っている綾乃もいつにも増してリラックスしているようだった。
「今日はもう、この辺にしましょ?」
私の些細な変化にもよく気付く綾乃の言葉に甘えて、店を後にする。外は雪が降りそうなほどに冷たく、衝動で、繋いでいた手をそのまま、着ていたコートのポケットに押し込んだ。
遠慮がちに腕に絡まった温もりは、酒の酔いも手伝ってかいつも以上に愛おしく感じた。一番苦しく病んでいた時期も、仕事でもプライベートでも支えてくれた綾乃がいたからこそここまで折れることなくやってこれたのだ。
そんな君に、私は何をしてやれるだろうか。
きっと、本人に直接思っていることが知れたなら、”生きて、隣にいるだけでいい”そのように言ってくれると思う。
だけど、それだけでは足りなすぎるのだ。
愛車を預けて、タクシーの中。
ふわふわとした意識が、暖かく感じる。
ここまで、気を抜けるのは綾乃の前以外はあり得ない。
広く大きく私を懐柔させてしまうほど懐の深さは、それなしでは自分を保てず、一人で生きていく事すら困難にさせてしまう麻薬のような依存性がある。
自宅のある高層階へと昇るエレベーターの中、本能に任せ抱きしめた。
綾乃をエントランスに押し込んで、乱暴にドアを閉める。そのまま貪る唇は、先ほどの甘いカクテルの味の奥に滾る温度で、君という強い麻薬の不足が私を狂わせる。
頬に温まった手があてがわれ、離す動きに従った。潤んだ黒く大きな瞳に息を呑む。