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あなただけに見せる顔【約束*番外編】(鬼滅/上弦夢)

第1章 sign



「行き先は決まったのだ。もう、二人の”だけ”の時間にしてくれ。」
「はい。”巌勝様”」

 彼女のもう一つの顔。それは、私の”妻”としての顔だ。

 適当な場所に車を止めて、店に足を踏み入れる。月のような光が黒く光沢のあるテーブルを照らし、青いアクアリウムの水槽の光と絶妙に調和して、夜の静けさを邪魔しないのが居心地の良さを作っている。

 綾乃を隣に座らせ、二人、いつもの酒を頼む。

「お客様。今日はクリスマスですので、特別メニューといたしましてケーキをご用意しております。」

 その言葉に、失念したと、目の前が暗くなったような気がした。ここ3ヶ月はツアーや、収録、撮影など立て込んで、何の意味を持たぬ数字だけが過ぎていく感覚だけの日々が続いていたからだ。

 反射的に自己保身の言葉を探してしまう己のふがいなさを振り切って、詫びの言葉をかけようと隣を見れば、綾乃はぽかんと口を開けて時が止まったように硬直していた。

 すぐに我に返ると肩を落として、ため息を一つつく。

「あ、そういえば今日でしたね。ごめんなさい。数字では認識していたけれど、そういう日だというのをすっかり忘れてしまって...。」
「いや、....気にするな。私もだ。」

 綾乃は、さりげなくそういうのを気にして、贈り物を用意していたりする。そんな彼女でも忘れてしまうほどなのだ。

「お仕事お疲れさまでございます。お二人にはいつも御贔屓にさせていただいております。ささやかではございますが、当店で、精一杯おもてなし致しますので、素敵な夜をお過ごしください。」

 私たちの会話を聞いていた壮年のオーナーは整った笑みを浮かべてそう申し出てきた。
 未だに、どこかすまなそうな表情を浮かべている綾乃が視界に写り、オーナーに「頼む。」とだけ返事をすると、「畏まりました。」と頭を下げてカウンターの奥に戻っていった。

「気に病むな。私も綾乃も10月以来休みが全くなかった。いつも仕事の事ばかりになってしまってこうして二人でゆっくりとした時間を過ごすことがなかったからな。」

 そういうと、健気な彼女は自分を納得させようと笑みを作る。未だ、眉尻が下がる沈んだ様子が小動物のように感じられて可愛らしい。

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