あなただけに見せる顔【約束*番外編】(鬼滅/上弦夢)
第1章 sign
彼女には三つの顔がある。
そしてそのどちらもが、私に欠かせぬ存在となりえたのはごく自然な事。しかし、それが類まれなく訪れた奇跡で幸運であることだと、自覚している。
「綾乃。年明けの仕事はいつから入っている?」
「はい。10日から○○の映画村にて例の新作映画の撮影が始まります。童磨さんや、猗窩座さんと同じく、黒死牟様も無惨様の指示で、沢山休みをとった分年始の方に仕事が結構詰まっているようです。」
「そうか。承知した。」
「はい。」
今、愛車で、ハンドルを人差し指で叩きながら運転しているのは、マネージャーの顔の方の綾乃だ。車内で無言の時間の時に見られる癖。
”帰るまでが仕事”という彼女だが、口元目元が緊張の緩みで柔らかい表情になっている。子どもが放課後、学校から解放された顔と同じように顕著なその様子に微笑ましく思う私も、まだまだ童心が残っているのだと確認できる。
綾乃の運転する時のそれに気づいた頃、彼女の有能さに安心感を得た時で、己の心をも見透かしている様から彼女にしか話さない事も増えていった頃だった。
そうした中で、初めて仕事以外で綾乃と二人で飲みに誘ったのもこのように寒い年末の時期だった。海外の事務所と契約してそのほとんどを日本から離れて過ごしていたが、それまで二人でそこに通い詰めている間に自然に距離が近くなっていった。
「綾乃。寄りたいところがある。」
「はい。どこでしょうか?」
「blue moon.」
息を呑む音が聞こえた。覚えてくれていたのか。暫くは、私が度重なる仕事に忙殺され、才に恵まれた弟の無垢で扱いきれない愛と社長である無惨様からの圧から気を病んでいた時期、よく彼女と来た場所である。
最初に来店したのは、甘い飲み物を好んで飲む彼女への気遣いからで、彼女も気に入ってくれたことからその店によく訪れた。
「はい。」と返事をする綾乃の声がどこか戸惑っているようだった。
「別の場所でもいいが...。」
「いえ、久しぶりですので、わたしもそこへ行きたいです。」
「そうか。」
赤信号で止まる時間、ギアを握る手に触れると冷たいモノが当たる。まだ、触れ慣れないこそばゆさを感じるその輝きに目を細めた。