あなただけに見せる顔【約束*番外編】(鬼滅/上弦夢)
第2章 real
割と序盤で、マキちゃんが登場する瞬間、空気が一度沸き立つような不思議な感じがした。それまで、どこか学生さんの学芸会を見に来た保護者のような感覚が、ぐっとステージに心を持っていかれるような感覚。登場したマキちゃんは、マキちゃんではない、主人公の母親でそこに本当にいるのを見せつけられているような気持になったんだ。
そして、中盤。気が付けば俺でも見入るほどで、すっかり夢中になっていた。鬱からついに命を断とうとする主人公に母親が止めに入るシーン。
『ねぇ、カミラ。聞いて!!お願い!!』
己の頸にナイフを突きつける娘を必死に止める。
『アンタなんか知らないわよ!!どいて!!関係ないでしょ??』
そう言って、主人公ともみ合いになってナイフが飛び、その瞬間に母親は娘を強く引き込んで抱き寄せた。
『ねぇ、聞いてカミラ。彼のお母様から受け取った遺品とお手紙があるの。それはあなた宛てのものだけど、これ、受け取って読んで欲しいって。』
彼女から流れる涙は演技を感じる隙が無いほどに役柄にのめり込んで、彼女そのものだと感じるほどに白熱していた。
静まり返った会場に響き渡る声が、鋭く尖って愛のある声から、優しく穏やかな声に切り替わって、腹の底から湧き出る愛の言葉や仕草に会場の全てを飲み込んでいく。
目の前の光景が、前に仕事を一緒にしてた時の様子と全然違うんだ。本当にマキちゃんかと思うくらいの成長ぶりに鼓動が強く脈打つ。他人の演技を見て、自分の体がここまで反応する事は初めてだと思った。
マキちゃんが舞台袖に戻った後、劇は彼女がつくった雰囲気からの流れで最高潮に達した。主人公の女の子と、亡くなった恋人が約束の舞台で公演し、夢で再会するシーンは会場からすすり泣く声が聞こえた。夢から醒めた後、彼女が恋人の思い出を大事に再び歩みだすシーンで幕を閉じた時、鳴りやまない雨のような拍手に包まれた。
その時、俺の表情が無意識に笑顔になっていた事に気づく。こんなのは初めての事だ。