第31章 おかえり…ただいま
ページワン side
ーこの国にはね…男が女に簪を贈る風習があるのよ。…特別な意味を込めてね。ー
ブラックマリアの言葉を思い出し俺は先程買った簪を手に花子の家に向かった。今日は煩い姉貴も仕事でいねぇから邪魔される事もない。
(…喜んでくれるか?)
女に贈り物なんてした事ねぇし、よく分かんなかったけど俺なりにあいつに似合う物を選んだつもりだ。
「大人しくしてろ。」
「…誰のせいだと思ってるの。」
(客か?)
花子の家が見え自然と歩く足の速度が上がる。家の扉が開き思わず物陰に隠れると、顔を覆う程の笠を被った背の高い男と、少し疲れた表情の花子が中から出てきた。
「またな、身体には気を付けろよ。」
「…君も気を付けてね。」
「っ!」
愛おしそうな声。まるで壊れ物を扱うみたいに男は花子の頬を優しく撫でる。親しい間柄なのか表情を和らげ男の手に甘える様に擦り寄る花子にぎゅっと胸が締め付けられる。
(…触るな。)
胸の奥から沸いてくるドロドロとした黒い感情。男の姿が見えなくなりそっと花子に近付くと、俺に気付いた花子はパッと表情を明るくさせた。
「ぺー君!こんにちは!」
「あぁ…今のは客か?」
「まぁ…そんな所かなぁ。」
少し照れた様に頬を掻く花子に黒いものがまた溢れ出す。俺を部屋に招き入れた花子はいつもの様に茶を出してくれた。
「今日はうるティちゃんは一緒じゃないんだね?」
「…別にいつも一緒にいる訳じゃねぇよ。」
ムッとして顔を逸らした俺に花子はくすくすと可笑しそうに笑みを溢す。その笑顔を見るだけで不思議とさっきまであった黒いものが晴れていく。
「…これ。」
「わぁっ!綺麗な簪!」
「…やる。」
何で俺はもっと気の利いた事、言えねぇんだ!ぐっと突き出す様に簪を花子に渡すと花が咲いたみたいに顔を綻ばせた。
「私にくれるの?」
「…他に誰がいんだよ。」
嬉しそうに笑った花子は鏡の前で器用に髪を纏め簪を差した。艶のある黒髪に藤の花の紫がよく映える。
「似合うかな?」
「…あぁ、よく似合ってる。」
頬を撫でる俺の手に擦り寄り甘える様に目を細めた花子の顔に温かいものを感じた。