第1章 普通の日常
花子 side
「花子は頑張ってると思うよ。」
「…でも、私だけ置いてかれてる。」
別に結婚願望がある訳じゃない。だけど、ふと不安になる。このままで良いのかって…。拗ねた様にカウンターに顔をうつ伏せる私を見てマスターは出入口に向かうと、その扉の鍵をガチャリと閉めた。
「…何してんの?」
「今日は暇そうだし、店じまいだ。」
そう言うとグラスを持って私の隣の椅子に腰掛ける。こう言うところは、本当に優しいなって思う。
「んで?どうしたんだ?」
「…。」
優しく私の頭を撫でるマスターの手が心地よくて、されるがままにしていると不意にマスターの顔が近付いてくる。
「…何?」
「…駄目だった?」
後少しで触れそうな口元を手で覆うと悪びれる様子も無くマスターは私の手をそっと外した。
「花子は良い子だよ。俺の友達も、ここで会うお客さんも皆言ってる。」
ーはなちゃんは、本当に良い子だなぁ~!ー
ーこんな良い子が奥さんだったら、幸せだろうなぁ~!ー
その言葉がズキッと胸に刺さる。良い子って思われたい、面倒だと思われたくない。でも…それは…。
「俺ん家…来る?」
「…ん。」
短く頷くとマスターはまた良い子だなって言って私にキスをした。本当に…ズルいなぁ…。マスターは優しい。でも、それは私だけじゃなくて…。
(本当に駄目だなぁ…。)
そう思いながらも拒めないのは私の弱さ。求められればどうしても許してしまう。
(付き合ってはいけない"3B"とは良く言ったものだ。)
そんな言葉もあったなと昔の名言を思い浮かべていると、いつの間にか閉め作業を終えたマスターが私のバックを持って立っていた。
「お会計は?」
「今日はいいよ。その代わりまた今度な。」
然り気無く私の腰に手を添え次、店に来る事を取り付ける辺りは流石だと思う。
(やっぱり帰った方が良かったかなぁ…。)
そう思いながらも彼と一緒にいれる事に嬉しく思ってしまう私は本当に駄目なんだと思う。
(明日は昼、休み?)
(うん。)
(俺も。…一緒にいれるな。)
(…。)きゅんっ