第10章 真っ直ぐな瞳
花子 side
ふわりと頬を撫でる心地好い感覚、身体を包み込む優しい温もりにふと意識が甦る。目を開ければ私を見つめるエース君の優しい笑顔。
「起きたか。」
「えーすくん…。」
少し掠れた声に彼は苦笑いを浮かべ身体を起こすとボトルに入った水を差し出してくれた。
「起き上がれるか?」
「…身体痛い。」
本当にこの世界の人はどんな体力してんのよ…。恨めしそうな目でエース君を見つめると彼は何を思ったのか、ボトルに口を付けると私の身体を起こしキスをしてきた。
「ん…。」
冷たい水が渇いた喉を潤す様に流れ込んでくる。コクッと喉が鳴るのを確認するとちゅっと音を立て唇を離す。
「…もう大丈夫か?」
「…もっと。」
治まる事のない喉の渇きにもっと欲しいと強請るとエース君は優しく微笑みまた私の口に水を流し込んだ。
ーーーーーー
「ほん"どうに"…意味わ"かん"な"い…!」
「酷い声だな…。」
誰のせいだとっ!何度も水を飲ませてくれたエース君にお礼を言うと彼はそのまま私を押し倒した。当然止めたけど力で敵う筈も無く、何より欲情したエース君の顔が凄く色っぽくて流されるまま彼を受け入れた。
「それじゃあ、俺は行くな。」
「まって…見送り…っ!」
身体を起こそうとした時、全身に走る痛みと気怠さに顔を歪めベットにうつ伏せると頭に感じる優しい重み。
「寝てろ。ジルさんには俺から言っといてやるから。」
「いや、それは止めて!」
こんなアホらしい理由で仕事を休む訳にはいかない。そう言うと困った様な顔をし、じゃあなと額にキスをしたエース君の手を思わず掴んでしまった。
「どうした?」
「あ…。」
何でだろう。何故か彼をこのまま行かせてはいけないと思った。今、この手を離したらもう会えなくなってしまいそうで…。
「…もう少しここにいない?」
「何だよ、まだ足りなかったか?」
「馬鹿じゃないのっ?!」
ニヤニヤと私を見下ろすエース君に思わずペッと掴んでいた手を振り下ろした。
「事が終わればまた会いに来てやるから。」
「…うん。」
何で私は彼の手を離してしまったのだろう。何で…行かないでと縋らなかったのだろう。
「必ず…お前を迎えにいく。」
これが彼の最後の言葉なんて…私はこの時、思いもしなかった…。