第10章 真っ直ぐな瞳
暖かい陽気が漂う昼下り、花子は篭いっぱいのオレンジを抱え機嫌が良さそうに町を歩いていた。
「よぉ、花子!嬉しそうだな。」
「エース君!」
若干スキップでもやり出しそうな花子の様子にエースがケラケラと笑い声をかけた。
「今日は驚かなかったな。」
「…あれはエース君のせいでしょ~!」
余程花子の驚き具合がツボに入ったのか思い出し肩を震わせるエースを花子はジトリと睨み付ける。
「悪ぃ悪ぃ!んで、そんなご機嫌で何処行くんだよ?」
「お店のお客さんからオレンジを頂いたの!折角だからコハクにも食べさせてあげようと思って。」
「コハク?」
聞きなれない名前にエースは首を傾げ、良かったら一緒に来るかと言われたので花子の後を付いて行く事にした。
ーーーーーー
「コハク~!おはよ!」
「鯱?」
いつもの入り江に辿り着き花子が声を掛けるとコハクは待ってましたと言わんばかりに勢い良く海面から飛び出した。
「今日ね、オレンジを貰ったの!後で食べよう。」
「随分懐いてるんだな。」
真っ白な巨体を花子に擦り付け甘えるコハクにエースは物珍しそうに見つめていると、突然花子が上着のパーカーを脱ぎ出したので驚きギョッと目を見開いた。
「おっおい!何してんだよっ?!」
「え?だって服濡れちゃうし。」
女の水着など見慣れている筈なのに目の前の花子の姿にエースは顔を赤らめ勢い良く後ろを向く。
「どうしたの~?」
「うるせぇ…今はあんま近付くな…!」
「ふふっ、可愛い。」
ニヤニヤと笑いながら顔を覗き込む花子にエースは手の甲で顔を隠しながら目線を逸らす。新鮮な彼の反応に花子は思わず笑みを浮かべる。
「私、ちょっと海に入るけどここにいる?」
「あぁ。」
「そっか。そこにあるオレンジ食べてもいいよ。」
パーカーの側にある篭を指差す花子からはふわりと香りが漂ってきた。オレンジの匂いかと思ったがそれとはまた違う、甘く、芳醇で…。
(美味そう…。)
思わずゴクリと唾を飲み込むエースの事など気にせずに花子は海に飛び込んだ。