第15章 どなたでしょうか
「コノハは恐らく…解離性健忘というやつだ。」
食堂に集められたクルー達は、一斉にローの方へ目を向けた。
気力の無い目。
その手には分厚い医学書。
全員の眉間に皺が寄る。
「それって…
「まぁ、さっき見た通り、簡単に言えば記憶喪失だ。」
カウンターへ腰掛け、手に持つ医学書が横に置かれる。
「原因は様々だが、主に心的外傷…お前たち全員の記憶に新しいアレが原因だろう。」
ほんの1週間前の出来事。
あの許し難い事件はそう簡単には忘れられない。
「そんなことって……」
「…あり得るんだとよ。」
長い指が分厚い医学書をトントンと叩く。
「俺も初めての症例だ……何せ専門外だからな。」
ロー自身、にわかには信じられなかった。
それでも船長として、いや医者として冷静でいなければならなかった。
「でも…、でもコノハは自分の名前とか故郷を覚えてたっスよね?」
「あぁ…。だが、アイツがどこまで覚えているかなんて聞いてみなきゃ分からねェ…。だとしてもあの反応…どうやら俺たちの事は本当に覚えていないらしい。」
生憎、コノハは嘘をつくのが下手だ。
これがふざけた嘘ならどれだけ良かったことか。
「恐らく自己防衛が働いて記憶を無くしたんじゃねェかと…俺はそう踏んでいる。……何故俺たちの事を忘れているのかは不明だが…」
そう言って片手で両側のこめかみを揉む。
そんなローの目は手で隠されていてよく見えない。
「……あの…。さっきキャプテンはなんでコノハがクルーだと嘘をついたんすか?」
ペンギンも、クルー達も不思議に思っていた。
確かにコノハはクルーでもあるが、それ以前に…
「想像してみろ。自分が起きた時に知らねェ奴らに囲まれて、初めて見る知らねェ奴から"お前は俺の女だ"なんて言われたら、お前ならどう思う?」
色の無い…寂しそうな目をしたローにペンギンは聞いた事を後悔した。
「っ…、パニックになる…っすね…」
あれが最善だった。
あの時の嘘はコノハを守る為のものだった。
彼女のことを誰よりも想い、誰よりも愛し、大事に自分の側に置いている。
そんなキャプテンを知っているからこそ、クルー達は誰1人としてそれ以上の事は口にしなかった。