第5章 しみずくん
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「ねえ、ここでしようよ」
近くの空き教室から聞こえた艶っぽい女の子の声。
「だーめ。誰かに見られてたらどうするの?」
その後に聞こえたのは聞きなれた声。嫌な予感がして、見たくないのに教室を少しだけ覗いてしまう。
女の子は学年でも可愛って有名な子と雅哉がいた。胸がえぐられるような痛みに襲われた。その場から逃げ出したいのに身体が動かない。
それでも気になってしまって、少しだけ覗き込んでしまう。見るとそこにはキスをしてるふたり。
離れてはくっついての繰り返し。私だってあれくらいのキス、した事あるのに。って変な気持ちが胸に広がった。やっとの思いで足を動かして教室にもどる。早くこの場を去りたくて私は思いっきり走った。
教室に着くなり自分の席に戻る気力なんかなくて、その場の壁にもたれ掛かるように座り込んだ。今は放課後、みんな部活に行ったり帰って残っているのは私だけだからだいじょうぶ。
「永宮さん。どうしたのこんな所で………」
「え?」
ここにいるはずの無い清水くん。まるでピンチに駆けつけたヒーローみたいだった。私の前にしゃがみこんで顔をのぞき込むようにしている。
「清水くんこそ、なんで教室に戻ってきたの」
彼の机には荷物がかかってるわけじゃない。だから帰ったはずなのに。むしろ手にはバッグを持ってて、明らかに戻ってきた様子だったから違和感を感じた。
「僕ね。永宮さんのことは、なんでもわかるんだ。だから駆け付けた」
目を伏せて、冷たく、聞いた事のないくらいの低い声でそう言った。
少しだけ、清水くんが怖くなって思わず後ずさりする。だけど後ろはすぐ壁で、前には清水くん。逃げられる訳がない。
「なーんてね。忘れ物取りにきただけだよ」
いつもの清水くんに戻った。眼鏡の向こうで笑う目は本物なのか分からないけど。いつもそう。清水くんはまるで感情がないような目をしてる。
「やっぱりあった」
気がつくと清水くんは自分の机の中から課題のプリントを取り出していた。私の勘違いだったみたい。
「で。次は永宮さんが話す番だよ」
そう言って、清水くんは私の隣に座り込んだ。