第5章 恋人 - 定義と認識 2*
なにか答える様子も無い透子に青木が顔を向ける。
「ところで、先ほど透子様が立ち上がろうとしたのはなぜですか」
「え…?」
青木が来た時のことだろうか。
「静様や普段のお客様なら、そのまま座ってらっしゃいますので」
「でも………目上の方に対して、失礼じゃないですか?」
「いえ。 わたくしどもはそんな時は、座っているお客様に『ご気分はいかがでしょうか』とお聞きします。 すると大概は、先方様はご自分の不都合を申し付けてくれるのですね。 でなければ、『大事ない』と。 ですが透子様は立ち上がられた」
「………私は間違ったことをしましたか」
「認識の違いです。 わたくしはここの執事ですが、透子様は目上の人と思ってらっしゃる」
「それもマナー違反、ですか?」
「いいえ。 ただ少しばかり、わたくしが困ってしまっただけです。 お客様を見下ろしたまま、お話を続ける訳にはいきませんので」
少しの間考え込む。
青木がはっきり言わずとも、おそらく自分のしたことはマナー違反なんだろう。
静達の言動は、ホスピタリティとも呼ばれるもてなしの心をおおもととすると。
するとなぜ、いま自分は楽しくないのか。
認識の違い────……?
「あの。 静さんって、今週はずっとこちらに居たんですよね」
「そうでございますが?」
「国立から運んだ私の服などは、どなたかに選んでいただいたものですか?」
「ほとんどは………」
「青木」
並んで座っている二人の目の前に、静が腕を組んで立っていた。