第1章 お見合い、のち災難
しばらくの沈黙ののち、なんの用事で、とか。
どこへ行くのか、とか。
至極真っ当な疑問が透子の頭に浮かぶ。
「あの…八神さんが私に何の……急用なんですか?」
「キミはなぜあの縁談を断らなかった?」
すると逆に彼から質問で返されてしまった。
見合いというものはその場で断るものなのだろうか。 透子には分からなかったが、サロンでの彼を頭に浮かべた。
「え…お断りする理由はない…ような? それに、優しそうな方…でしたし」
「俺は真面目に話をしたいのだが。 アレと見合いをして面と向かって、断らなかった女性はキミが初めてだ。 陰でゴブリンなどと言われてるのも知っている」
「ゴブリン」
そう言われれば、少し似てるかもしれない。
「でもよく見ると、ゴブリンって可愛いですよね」
なに気なしに言うと男性は眉根を寄せて不審そうな表情をした。
「可愛い?」
「あれ? そういえば八神さんをアレって、貴方は一体」
姿勢を変えず、こちらの顔も見ずに男性が言った。
「断れ」
「は?」
「見合いを断るんだ」
「え、なぜ」
「だから」
要領を得ない様子の透子の方へ、男性が焦れたように身を乗り出す。
反射的に上体を逃がした透子がドア側に背中を付ける。
「キミの家柄ならうちまでとは言わずとも、そこそこの家に嫁げるだろう?」
「いえ私は……それよりもあの、近」
物凄く綺麗な顔の人だ。 透子は思わず目を見開いた。
琥珀色の目なんか、作り物みたいで吸い込まれそうに────えええっと、それは置いておいて。
この男性が自分を歓迎していないのは理解出来た。
それは明らかに不遜な彼の表情や態度から分かる。