第1章 お見合い、のち災難
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「先方が立派で気が引けるだろうけど、お作法なんかは、のちのちね? 私もこれでやっと姉さんに恩返しが出来るわ」
「……ありがとうございます」
自宅へと向かうタクシーの中で義母が口にする。
どうやらお相手を断るという選択肢は自分には無いらしい。 透子はぼんやりと思う。
『恩返し』
義母からするとそうなのかもしれない。
裕福な家に嫁ぐ。 それは当然幸福と同義であると義母は言いたいのだろう。
……お母さんとお父さんもそう思ってくれるんだろうか?
透子が物思いにふけっていた時。
車の横窓を、コツコツと指で打つ軽い音が聞こえた。
辺りを見回すと、透子達が乗っているタクシーは、二車線の信号機の手前で、ちょうど停車している状態だ。
(こんな道路の真ん中で……?)
透子と窓を隔て、車内を覗いているのは派手な金髪の男性のようだった。 落ち着いた雰囲気のスーツを身に着けているのが不自然にみえる。
彼に気付いたタクシーの運転手が透子に話しかけてきた。
「ん、なんだ? お客さんのお知り合いですか」
「いえ、でも」
男性は透子の顔を見ながらガラス越しになにかを言っているようだった。 パクパクと忙しなく口が動いている。
「何かしら。 怖いわ、早く行ってちょうだい」
「でもお義母さん。 もしかしてなにか、事故でもあったのかも?」
そう言った透子が車のドアを細く開けた途端。
思いがけず、扉は勢いよく外側にぐいっと引っ張られた。
「え、きゃっ……!」
「白井透子だな?」
体が前のめりになり、ウエストを抱き止められた耳に男性の声が届く。
咄嗟のことでその場の全員が固まった。
「透子さ」
「失礼、白井夫人。 無作法をお許しください。 八神様が先ほど話し足りないことがあると。 少々透子さんをお借りします」
「や、八神様が? えっ、あ、透子さん!?」
そのまま抱えられ、猫の子みたいに透子の体が高く宙に浮く。
屈んでいた際に女性っぽくみえたこの人はかなり身長があるらしい。
次いで隣に停車していた車内へと、ぽんと雑に放り込まれ、「っ??!?」なにか言うまでもなく────あっという間に透子はその場から連れ去られた。