第17章 I love you と言わない*
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再び透子は社長室に戻ってきた。
京吾とは昼食をいただいたお店の前で別れた。
迎えに来たリムジンに乗る前に京吾が透子を振り返り、『静が居ない間に、もし何か不便があれば連絡しなさい。 ただしくだらんことなら断る』などと優しい言葉をかけてくれた。
「どうみても良い人でしかないんですよねー………どうしようかな?」
ソファーに腰をかけた透子がバッグに下げていた静人形に向かってポツリと呟いた。
どこかで静が聞いているのかもしれないが、もしそうでなくても彼に知って欲しい気分だった。
昼食の席で話していたことを思い返してみる。
お昼の場所は高級そうな所だった。 そこは料亭のような所で、座敷の小上がりとでもいうのだろうか。 個室で彩りの綺麗な、ちょっとした懐石が出された。
『ハンカチをありがとうございました。 でも、正直。 八神会長が細かな身なりを気にする方とは意外でした』
『人目など気にしていては企業のトップなど務まらん。 などとでも言うと思ったか? 逆だ。 大いなる目的のために常に気にしたまえ』
うーんと、と。 透子が前に静と話していた内容の記憶を辿る。
『それは自分の身を守るためですか?』
『二度言わせるな。 『大いなる目的』のためだ。 訊くがきみの目的はなんだ?』
突然目的と訊かれても困る。
透子が首を大きく傾けて思い付いたままに述べてみた。
『私ですか? あり過ぎるんですが………静さんの役に立てるように。 目黒邸の皆さんが楽しく過ごせるように。 三田村さんやエマさんの恋が成就しますように』
と、言いかけている途中で京吾が小さく噴いた。
『………ふはっ、後半は願いごとだろう。 ここは神社ではないぞ』
京吾が笑った。
目尻や口元に横の線の皺が出来、彼の持つ空気が変わる。
この人が笑うと凄く嬉しい、透子は思う。