第17章 I love you と言わない*
その中の一角。 事務テーブルの上にはこんもりと積み上げられた書類の束があった。
それに手を置いた静が説明する。 「これらの報告書は俺が承認をしたものだが、これを契約書に起こして各社に配布と受領をして欲しい」
「それだけでいいんですか?」
「それだけでいい」
透子はちょっと拍子抜けした。
それはただのルーティンワークでは。
「ただし各国によってやり取りの事情が違う。 人の命を扱う物と同じだ。 広義のネットで気軽にやり取りしてないから」
透子がクリップで留められた束の一つををペラペラめくると手書きのものもある。 これらを読んで一から書き直す。
「大変そうですね………?」
透子の意図を察したのか静が付け加えて言った。
「ああ。 何が手間というと完全にシステム化出来ない部分だ。 俺の仕事の環境にはスクラッチで開発を済ませるやわなクラウドなどは余りない。 機密が集まるからだ。 それぞれが噛んでる俺の各社担当の名刺を挟んでおいた。 一つとしてスムーズに契約書が作れるものはないはずだ」
「今どき紙のやり取りですか。 それにこれは」
静が透子の手元を覗いた。
「インドネシア語だな。 控えは表紙にある定型のフォーマットがあるからPCに保存しておくように。 あとから俺の権限のIDを渡す。 まあ、キミには出来ると俺は信じている。 期限は俺の帰国まで。 どうだ」
机の端にもたれて腕を組んだ静が多少首を傾げて訊いてくる。
透子は何となく、静の意図を理解した。
問題は言語だけではなく。
彼に関わる国内外の様々な人間との折衝。
国の事情や法律や時差も含めて。
この上なく容赦がない、と思う。 この量を昨日の彼は用意したに違いない。 たった一日で────静に就くというのはこういうことなのだろう。