第17章 I love you と言わない*
他の階は分からないにしても、ここは普通とは明らかに様相が異なる。
廊下にはふわふわの絨毯が引いてあるし、誰々作などの置物や絵が飾ってあった。
貴賓室などと書いてあるプレートを通り過ぎ、キョロキョロしながら静のあとについていく。 「ここはキミの好きに使いたまえ」そう言われて、静の示す方向を見ると奥の社長室の手前に、見落としそうな扉の上には『秘書室』とあった。
「本当に秘書の人がいないんですか」
「いないな。 総務から時々手伝いが来るぐらいか」
「でも不便ではないですか?」
京吾の秘書室の人間。 小分坂や佐藤の面々を思い出し透子が訊いてみた。
「俺は自分のスケジュール把握や電話の取次ぎ、コピー取りのためにわざわざ人は雇わんというだけだ」
そして「そんなものはアルバイトでも事足りる」と言いながら、社長室の両扉の片側を開けて透子をその中に招いた。
「俺の父親の秘書室というもの。 あれは殺伐としたヒエラルキーだ。 『誰が一番父親の気に入ることをするか』が基準となる。 だが俺はそんなものは望んでいないし、そのせいで任せられる人間がいなかった」
社長室に入り、周りを見渡した。 透子が思ったよりも豪奢な部屋では無い。
もっとこう、ドラマなどでよくある、重厚な机のそばの壁に大きな絵や書が飾ってあったり、大げさな応接セットみたいなものを想像していた。
数台のPCや複合機、パーテーションで区切られたミーティングスペース。
これはまるで普通の社内のように機能的にさえ見える。