第13章 Happy and Bad Day*
透子は上階へ向かうエレベーターに乗る前、化粧室に寄った。
鏡の前で軽く身なりを整える。
「………子供、かあ」
自分にはまだあまり現実味がない。
にしても、数年後、十年後にはどうだろう………?
女の子だと男親に似るという。
髪と瞳の色が薄く、目鼻立ちの整った子供が透子の頭にぱっと思い浮かんだ。
『ママ、何度言わせれば分かるの。 私は人参が嫌いなの。 カロテンを摂取するならもっと他の食材で』
ふーっ、とため息をつき、プイとそっぽを向いて箸を置く────なぜだかそんな小生意気な子供しか頭に浮かばない。
化粧室から出て、ホールに着く前だった。
突如、透子の視界に飛び込んできたのは、一寸先の曲がり角の壁からニュッと突き出た腕。
声をあげる間もなくそれに胸の下を押さえられ、素早く後ろに回った人間が透子を拘束する。
「………っ!??」
その人の低い声が、透子の頭上から降ってきた。
「────白井…透子………だな?」
コク、と頷くと、あまり密着しているのはおかしいと思ったのかその人物がふっと力を抜いた。
抑揚のない声で透子に指図をしてくる。
「そのまま真っ直ぐに……こちらを振り返らず二番目の部屋へ進め」
さすがに会社の中までは入れないから、三田村の目が離れた隙を見越して接近してきたに違いない。
背後からの圧力を感じつつホールを通り過ぎ、会議室の並ぶ廊下へと向かう。
ヴヴヴヴヴヴ……と、透子のバッグの中にあるスマホの振動が鳴っていた。
今はリングの監視の先が桜木と三田村になっているから、どちらかが早速異変を察知したのだろう。