第8章 満天の夜に
入れ違いに透子がベランダに出て階下を覗き込むと、たしかこれはジムに置いてあった。
「と、トランポリン………?」
「うむ。 なかなかに調整が難しくてな。 なんなら屋根まで五分は跳んでいた」
難しげな表情で顎に手をやり、少しのあとふいと目線を透子に戻す。
「………しかし、加減次第でこれはセックスの時に使え」
「いえ使わなくて結構です」
反射的に言葉を被せる透子に、静がふっと笑う。
ほんの軽く手のひらで頬を包まれ、その冷たさに驚いた透子が目をあげた。
「これぐらいの傷ならば、跡は残らない」
まるでこちらの事情を知っているかのような静の口振りだった。
「………なんで…専用衛星でも飛ばしてるんですか? あ、でも私、スマホが…?」
普段通りの表情を作ってはいるが、透子の痛々しい様子に加え、黒い瞳が潤んでいるのに静が気付いた。
殆ど物の無い透子の室内を見渡す。
それから改めて、静は何も言わずに彼女の背中に片腕を回して抱き寄せた。
「この状況で、玄関から訪ねても無駄だろう? 透子。 何があったかは把握済みだ。 準備に時間が取られ遅れて済まなかったと謝罪しよう」
「謝罪………?」
「俺の傍にいなさい。 キミならばもうしばらく、耐えれるな?」
体を包んでいる、まるで春風のような温かさに心が震える。
抱きついて泣いてしまいたい衝動にかられたが、透子は唇をぎゅっと噛んでこらえた。
そして真摯な眼差しで見詰めてくる静に、つられるように頷いた。
「では行こう。 俺の大切なものを傷つけた罪は償ってもらう」
体を離し背中を向けた瞬間に、垣間見えた静の顔は憤っていた────正確には、自分が今まで見たことのない彼の顔だった。
鋭く、冷淡で、そして威圧のオーラが五倍増しというか。
「──────……」
こういう人を支配者というのだろうか。
そんなヒエラルキーさえ感じさせる、歳にそぐわない静の佇まいだった。
「………でも静さん、それ、土足です」
無視をされたが、そこは一応言っておいた。