第1章 お見合い、のち災難
「着きました」
また先ほどの歳かさの男性の声がし、スーッと車が停車した所は義母の家の前だった。
「着いたぞ。 降りろ」
も、もう何も言うまい。
八神さんの親族か部下かは知らないけど、失礼にも程がある。
むしろ、失礼どころか犯罪の手前────黙って早々に車を降りようとした透子の腕がやんわりと取られた。
今度は頼りなさげな力に振り向くと、意外にも、気遣うような表情で男性が透子を見上げていた。
「……体は平気か?」
「………」
この人の瞳ってなんというか。
透子は思わずじっとそれに見入った。
陽に当たると金色に薄っすらと緑が散ったような。
生まれてから今まで、見た事のない色だと思った。
「透子さん! さっきのは」
玄関先から義母が外に出てくるのと一緒に、彼の薄い桜色の唇が動く。
「なにを見惚れてる」
「へ?」
何を言われたのか分からず間抜けに聞き返した。
それから男性が視線をもの思わしげに透子から外し、日常会話のように話し出す。
「心配するな。 キミの処女は無事」
「わあああああっ!」
非常識過ぎる。
義母に聞こえないように大声をあげた透子にクッ、と男性が笑いを漏らした。
「お母さんなにー? 騒がしいなあ」
ドアが開き従姉妹の声も加わって来、男性が煩そうに眉を寄せる。
「─────じゃあ」
そしてひと言ののち、透子とチラリと目を合わせた男性がエンジン音とともに去っていった。
「……キャアアア!! なんなのあの美形。 ねね、透子ちゃんあれ誰!?」
男性の姿を垣間見た沙紀が大袈裟に黄色い声をあげる。
………たしかに見た目はそうなんだろう。
「さあ、私にもなにがなんだか……ただ八神さんと親しそうな方でした」
「そうよねえ。 身なりは良さそうだったけど。 それにしても突然あんな……透子さん平気?」
心配そうな表情で訊かれた。
「お義母さん。 あのさっき、私、あの男に」
「先方になにか失礼なことを? きちんと謝罪をしたのよね?」
「………」
「でもさすがロールスロイスだなんて。 八神様のお祖母様が外国人だと聞いてるから、従兄弟の方かしら?」
「……失礼は無かったと思います」
私の方は。
ホッとした様子の義母の表情は、やはり亡くなった母と似ていた。