第1章 お見合い、のち災難
「────申し訳ございません。 お取り込み中ながら……」
ややあった沈黙のあとに、歳かさの男性の声で我に返る。
座席前方の仕切りが中央にほんの細く開かれた。
差し込まれた便箋のような用紙を受け取った男性は、折られた紙に目を滑らせた。
「────ふう……」
元の位置に深く座り直した男性が、イライラしたように髪を大きく掻きあげている。
「………?」
それから衣服の前を合わせている透子に目をやり、「服を直せ、見苦しい」とひと言命じた。
(じ、自分が脱がせておいて?)
「なっ……」
混乱や怒りで涙も引っ込んだ透子を再び無視し、前の座席に向けて男性が声を張る。
「白井の家へ」
「あ、貴方…他人に義理やマナー云々言っといて、こ…こんな」
「……そうだな」
「え」
「お前は先方の家と血縁のある養女だったのか────俺はてっきり……こちらの勘違いだ」
服装を整えたあと、自分の中のごく常識の考えで、透子は続きを待った。
先ほどの自分への仕打ちに対する、男性からの説明や謝罪の言葉を。
だが気まずい沈黙ばかりが流れるばかりで、先方の口からそんなものは出てこなかった。
「今日のところはちゃんと自宅へ返す。 のちのち使いを寄越す」
「……は? 結構ですから」
「言わなかったか? 俺は忙しいと」
「はあ!? 貴方ちょっと」