第6章 針
「透子さん」
柔らかく、そっと肩に置かれた義母の手に顔をあげた。
「あまりこんなことは言いたくないけど………血が繋がっている者こそ、それを受け取る資格があるのじゃなくて? 貴女はたった八年、だけど私はその倍の年数を姉と過ごしたのだから」
義母にも何も言えなかった。
「当面外出は控えた方がいいわよ。 ま、外に出ても買い物も出来ないしね」
そう言った沙希が鼻歌を歌いながら廊下に出た。
二人が階下に降りていくまで、透子は呆然と部屋の真ん中に立っていた。
血が繋がっていなかったからこそ、父母が身に付けていた持ち物を大切にしてきた。
「………っ…」
血が繋がっていなかったからこそ、母と似た義母に会いに来た。
優しく愛情に溢れた両親が出来た、あの八年は透子の宝物だった。
成人になってまで夢を見続けたい訳じゃなく、母の尊厳を守りたかった。 母に恩を返したかった。
当時のことが脳裏に浮かび、はらはらと頬に涙が伝う。
『貴女は私たちに数え切れない喜びをくれた。 どうか忘れないで』
病院内で、既に隣で亡くなっていた夫よりも、透子の顔を見詰め、死に際に母が言った。
『ごめんなさい』と、目の光が消える直前にそう言った────人が人でなくなった瞬間を、14歳の時に初めて目の当たりにした。
あの時に母は『借り』を返そうとしたのだろうと理解した。